キャリア・エントラスト(協創のキャリア構築)1:キャリアデザインの非現実性/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年2月5日 12時0分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
「あなたが、この会社に入ったら何をしたいですか? どうなりたいですか?」と、多くの面接官が学生に質問するらしい。大学でも就職活動対策として「将来像」や「やりたいこと」を明確にするようにと指導する。漫然と仕事をするのではなく、キャリアをデザインしその実現に向けて計画的に働き、学ぶことが重要だと考えている証拠だ。しかし、仮に学生が面接官に対して同じ質問ができたら、面接官は答えに窮するだろう。実際に、人事考課のフィードバック面談などで、「今後のキャリアについて、どう考えているの?」と上司から尋ねられたら、大抵の人はモゴモゴなってしまうか、お茶を濁すような回答しかできない。この会社で何をしたいか、どうなりたいかを明確に答えられるサラリーマンは日本の会社ではごく一部である。
そうなる理由ははっきりしている。日本では職務内容、勤務地、処遇などの労働条件を決定する権利は会社にあるからだ。従業員は異動や転勤の命令に従わねばならないと就業規則に明記されており(それを法も認めており)、このような強い会社の権限と引き換えに、解雇が原則として禁じられているのである。クビにならない理由は、何をしたいか、どうなりたいかという意思を明確には表明せず、自分のキャリアを会社に委ねることに合意しているからなのだ。ほとんどのサラリーマンが今後のキャリアを訊かれて答えに窮するのは、そんな日本的雇用慣行の中で過ごしてきたからである。
無目的に働くのではなく、何をしたいか、将来 どうなりたいかを明確にしておくことが大切だ、というのは一見、正しそうだ。だから、学生に対する就職指導では「キャリア・デザイン」に力が注がれる。人事部も、何をしたいか、どうなりたいかを明確に語ることができる学生を意欲的だ、頑張ってくれるだろうと評価し、採用しようとする。だが、これは勘違いである。確かに、労働条件をすり合わせて契約する米国型の雇用慣行なら、何をしたいか、どうなりたいかといったキャリアの表明は非常に重要で、曖昧であればあるほど不利な契約になってしまう。しかし、配置も仕事も処遇も会社任せとなる(そのような権限を会社が持っている)日本においては、無意味どころか、会社の持つ権利を無視した一方的な意思表明となるのであり、会社にとって面倒な話にしかならない。何をしたいか、どうなりたいかが明確であればあるほど、配置や処遇に困るのが日本の会社組織なのである。
異動・転勤の命令には従えと就業規則に書いてあり、実現してやれないのに、何をしたいか、どうなりたいかを尋ねるのは矛盾だ。就職指導においても、キャリア・デザインが大切だとする(何がしたいか、どうなりたいかを考えさせる)のは、キャリアを会社任せにしなければならない日本の雇用慣行に対する無知であり、結果として学生に誤った労働観・会社観を与え、ひいては入社後に、描いたキャリアが実現できないという現実に直面させてミスマッチを引き起こしている可能性は高い。このように、日本的雇用慣行と「キャリア・デザイン」はそぐわないと考えるべきなのである。
実は米国の研究者でも、皆がキャリア・デザインを効果的だと考えているわけではない。スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授は、「個人のキャリアの80%は、予想不可能な偶発的な出来事によって成り立っている。あらかじめキャリアを計画したり、計画したキャリアに固執したりすることは非現実的だ。」「選択や計画に固執すると、それ以外の可能性を捨ててしまうことにつながる。」として、「計画的偶発性理論」を提唱している。明確な労働契約を結ぶ米国であっても、契約外の仕事は全て断るような姿勢をとるのは無理で、思い通りの仕事だけをして、計画通りにキャリアが構築されていくようなケースはないということだ。P.ドラッカーも『明日を支配するもの』の中で、「最高のキャリアは、自らの強み、仕事のやり方、価値観に合った機会をつかむことによって手にするものである。計画や運で手にするものではない。」と述べている。
企業は従業員を年功序列・終身雇用で処遇することが難しくなり、個人は生涯現役を視野に入れなくてはならなくなり、「キャリアをどう創っていくか」はますます重要な問題になってきた。これは、キャリアをデザインするというだけの単純な方法では決して解決しない。では、日本の雇用慣行・労働環境においてキャリアをどのように捉えるべきか。その具体的な考え方と実践手法について、これから考えていきたい。
【次回に続く】
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