佐川喚問のコミュニケーション的評価と江戸川乱歩「心理試験」/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2018年3月28日 11時5分
![佐川喚問のコミュニケーション的評価と江戸川乱歩「心理試験」/増沢 隆太](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/insightnow/insightnow_9953_0-small.jpg)
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
1.キョドった中年男の皮をかぶった切れ者
小柄な下がり眉のおどおどした中年男性。落ち着きなく着席しつつ、キョロキョロと視線が泳ぎ、激しくまばたきを続ける様子は、明らかに緊張感を漂わせた不安げなたたずまいで証人喚問は始まりました。
「この深刻な表情は、もしや真相をぶちまける覚悟を決めたものなのか?!」とも取れる悲壮な前長官。しかし結果は真逆。最後までエリート官僚としての「仕事」を貫き通し、余計な言質を取られることなく、政府に有利なことのみ断言。問題となる部分はすべて証言拒否を貫いたのでした。
財務省や政府の中からは「スーパー官僚」、「100%仕事をまっとう」との高い評価の声も出るなど、シッポを積ませないノラクラ答弁は防御する政府側と、「全く何にも答えていない」、「国会軽視」と全否定する追及側の真っ二つに評価は分かれました。少なくとも、言質を取られずにあれだけの大舞台を勤め上げた前長官のプレゼンテーション能力は、切れ者の評価に反しないものといえるかも知れません。
2.コミュニケーションとしての評価
私はいくつかのマスコミから取材を受け、午前午後衆参両院での証人喚問をフルに見ていましたが、証人喚問開始前のおどおどした姿は、喚問開始によってどんどん落ち着きを増していきました。さすがにプロ官僚の中のプロかんりよ。答弁はそつなく、また肝心の部分をすべて「訴追の恐れ」を理由として回答拒否するという、恐らく事前からの作戦通りに進行しました。
特に重要だったのは、トップバッターだった政府自民党の丸川参議院議員の「安倍首相・昭江夫人・麻生財務大臣・今井総理秘書官といった政府高官の関与を全否定した部分です。丸川議員の「仕事」はこの点について、佐川氏から全否定の証言を導き出すことです。もっとも明確な指示など無いからこそ「忖度」なのであって、「明確な指示が無かった」という証言そのものにそもそもどんな意味があるのかという根本的疑問は何も解消されてはいませんが。
一方野党側の斬り込みにはすべて「訴追の恐れ」で具体的回答を拒否します。喚問が進めば進むほど佐川氏の落ち着きは増しているように見えます。私は「(佐川氏の)プレゼンテーション能力」と表現しましたが、それは用意したメッセージを伝えることが今回の役割だと認識して進めていると見たからです。
ただしこれはコミュニケーションとしての評価ではありません。言いたいこと、伝えたいことを伝えるのはプレゼンテーションであり、コミュニケーションはその先にさらに「相手」の納得を伴う必要があるからです。
3.江戸川乱歩「心理試験」
作家・江戸川乱歩の大正時代の小説に「心理試験」というものがあります。まだウソ発見器など無かった当時、殺人事件の犯人が、判事の質問に答える様が描かれています。犯人は完璧な準備をして心理試験に臨み、それもきわめて自然な様を演じます。
しかし名探偵明智小五郎の眼だけはごまかせず、回答の時間のような自然すぎる不自然さから疑いを持たれ、結局明智の仕掛けたひっかけに犯人ははまり、その目論見は突き崩されます。準備をし過ぎたことで墓穴を掘ってしまったのです。
佐川氏の証言を見ていて一番思い起こしたのは正にこの「心理試験」でした。できすぎの答弁、恐らく今回の前長官と政府側の目的である「官邸への波及を阻止する」というコミュニケーションのゴールを完璧すぎるほど果たした点も、小説の犯人とダブって見えました。
4.証人喚問のコミュニケーション的評価
ではこの証人喚問は成功だったのでしょうか?
コミュニケーションの観点から見るなら、ゴールをどこに置くかが重要です。謝罪会見などと同様に「ただ謝れば良い」とか、「無罪主張をすれば良い」訳ではありません。事態収拾こそが、本件の最大のゴールのはずです。ではこの喚問を見た国民はこれで納得でしょうか?
マスコミ報道を見ても、産経や読売でさえ不十分であるとの社説を掲載しています。喚問で国民の疑惑が解消されたと二階幹事長は言っていますが、とうていそうは思わない人が多いでしょう。
もっとも、ではどんなふうに話せば良かったのかについては、きわめて難しいことは間違いありません。なぜなら佐川氏自身の責任を否定できたらそれは安倍首相・官邸側の責任になり、自分が責任を負えば犯罪者になりかねず、どの方向に持って行くこともできないからです。
ある意味悪魔の証明のような困難な課題を背負って証言したのが佐川氏だったといえます。そう考えるならば、ノラクラ答弁と証言拒否で貫かれた佐川氏自体はほぼ完ぺきに目的を遂げたと考えられます。結果として責任は今後の大阪地検などの捜査にゆだねられています。
一方政府は佐川氏が明確に否定したことで安倍政権への責任追及を逃れたいところでしょうが、それを決めるのは国民です。恐らく来年の参院選までないであろう国政選挙のような審判が下るには時間があります。その間にきっと皆忘れるだろうとの読みがあるのではないでしょうか。
つまり「時間稼ぎ」こそ、今政府側が取れる唯一の戦略であり、それにうまうまと乗るか乗らないかは総て、国民の意識にかかっていると言えるでしょう。鳥のように三歩歩いて忘れないよう、自覚したいと思います。
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