購買契約条件と交渉材料/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2018年4月4日 10時0分
野町 直弘 / 株式会社クニエ
先般日本年金機構の年金受給者の申告書の入力モレや入力ミスによる源泉徴収額が誤った事案が発生しました。発表情報によると、この事案は受託先であるS企画という企業が再委託禁止になっているにも拘わらず入力を中国企業に再委託しており、仕様で定められた入力方法を採用せずに多くのミスが発生したとのことです。S企画がいけないのは言うまでもありませんが、もう少しこの事案の裏側に潜む課題について考えてみましょう。
今回は再委託禁止という購買契約条件が付加されていました。再委託禁止というのは一つの購買契約条件ですが、今回S企画が、契約条件を無視して再委託したことには二つの理由が考えられます。
一つはそもそも再委託しないと実施できない業務であったことです。もう一点は再委託した方が低コストだからでしょう。このように購買契約条件の一項目を変更するだけで、その案件のQCD(品質、コスト、納期)が大幅に変わることが有りうる訳です。
従来、日本企業の購買はあまりにも購入単価の高い低いだけに拘り過ぎていました。しかし今回の事案のように、ある購買契約条件を付加するだけで大幅にコストが変わってしまうのです。このように交渉材料とすべき購買契約条件は非常に広範囲であるということを改めて認識すべきでしょう。
交渉材料となり得る購買契約条件は大きく分けると二種類です。一つはコスト条件でありもう一つはコスト以外の条件です。
コスト条件は単純な物品・サービスの単価(価格)だけでなく金型費、物流費、試作費、テスト費用、在庫費用、その他管理費用などのトータルコストが上げられます。また輸入品であればこれに加え関税や通関費用も含まれるでしょう。
物流費は従来サプライヤの手配であり単価(価格)に含まれており、いくらかかっているかも分かっていない状態が続いてきました。このようにコストも本体単価(価格)だけでなくトータルで捉える必要があります。
コスト以外の条件は支払い条件、納入条件、また様々な購買契約条件が含まれるでしょう。支払い条件は支払いサイト、支払い手段などが含まれますが、最近はCCレート(キャッシュコンバージョンレート)の改善をKPIに上げている企業も増えており、主要な取引条件の一つとして認識され始めています。
納入条件は物流費だけでなく生産コスト自体にも跳ね返ってきます。例えば納入ロットの緩和は物流費だけでなく、効率的な生産につながることで安価生産につながるでしょう。
他にも契約ターム寄りの契約条件もあります。今回事案で注目された再委託禁止の条項以外にも、LOL(損害賠償規定)、Liquidity Damage(納期遅延時の予定損害賠償金)、Warranty(保証期間)、故意または重過失の際の条件付加などなどです。このような様々な購買契約条件がありますが欧米企業はこれらの購買契約条件全てを交渉材料にしており、相互に確認しながら交渉を進めていくのが当たり前です。
日本企業のように契約条項は法務マターであるという考え方は間違えです。
これはあるバイヤーの方から聞いた話ですが、欧米では契約書をDivorce Document (離婚書類)と言うそうです。
これは契約書が本当に効果を発揮するのは,取引を開始する相手方と友好関係にある場合ではなく、もめ事に発展した場合だということを意味しています。紛争になったら書面として残っている契約書を解釈して解決するしかないからです。これから結婚(取引開始)しようという盛り上がっている時期にも離婚(取引決裂)の場合のことを頭の片隅に入れながら交渉を進める必要がありますよ、という意味が含まれています。
このように様々な購買契約条件がありますが、これらの広範囲な契約条件を交渉材料としなければよい交渉はできません。今回の事案を通じて改めて購買契約条件の意味をと交渉材料を広げることの重要性を感じさせることにつながったと言えるでしょう。
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