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郡山の金魚電話ボックスを巡る著作権争いについて/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2018年4月6日 7時18分


        郡山の金魚電話ボックスを巡る著作権争いについて/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

ネット上でもシロウトたちが、そして本人たちも、さらには、争いに飢えた法律屋たちも、半端な知識で引っかき回しているが、専門的に問題をきちんと整理しよう。

ことの発端は、京都造形大で、銅金裕司教授の下、学生たちが、2011年「おおさかカンヴァス推進事業」に、電話ボックスに金魚千匹を入れた『テレ金』を発表したこと。これに用いた電話ボックス水槽を14年に郡山柳町商店街が譲り受け、地元の金魚数十匹を入れ直し、「金魚電話ボックス」として設置。「インスタ映えする」などとして、観光客に人気になる。これに対し、現代美術作家の山本伸樹が、これは自分の1998年の『メッセージ』という作品の「著作権」侵害であると抗議し、自分の作品として認め、色を改変するように求めた。しかし、商店街は、この要求を拒否し、18年3月、撤去を決めた。

そもそも、2011年に京都造形大で、こんなものを「作った」ことが、かなりおかしい。98年の山本の『メッセージ』は、当時、かなり話題になった。学生だけならともかく、教授までついていながら、この業界で、この有名な先行作品を知らなかった、などというのは、まったく腑に落ちない。また、知っていようと、いまいと、また、発表していようと、いまいと、作品は創作時点で著作権が発生している。したがって、この学生たちのものもまた芸術作品として発表された以上、議論の余地無く、著作権侵害である。おまけに、タイトルが「テレ金」とは、センスが悪く、芸術がわかっていなすぎる。(シロウト向けの概略説明なのに、なんか偉そうに絡むために絡むような重箱の隅つつきが出て来たので、追記するが、知り得べき芸術系学生では、ということ。)

しかし、山本の作品にしても、どのみち電話ボックスを金魚鉢にしただけではないか、との反論がある。著作権が認められる著作物であるためには、それが思想の表現でなければならない。山本は、電話ボックスを金魚鉢にしただけのものに、あえて「メッセージ」とタイトルをつけた。このことによって、『メッセージ』は著作物になっている。(タイトルをつければなんでも著作物になるわけではないのは、当然。この場合、タイトルから、制作物の実用性とは別の表現性が伺える、ということ。わざと言葉尻を曲解して絡むのは、コンプレックスによるマウンティング願望だと思う。程度が知れて、みっともないから、やめたほうがいいよ。)

逆に言うと、このようなタイトルの無いものは著作物ではなく、ただの実用物にすぎない。商店街が学生たちから譲り受けたのは、廃物の電話ボックス水槽のみであり、その後もたんに「金魚電話ボックス」と呼んでいた。ここに思想の表現は無い。したがって、これは著作物ではない。著作物ではないものは、著作権侵害にはならない。ゆえに、京都造形大の学生に対して山本が抗議するのは当然であるにしても、ただの水槽として使っている商店街に対し、あれこれ文句をつけるのは、根本から的外れの筋違いである。(金魚込みの作品として学生たちが設置し管理していたのではなく、「テレ金」という作品タイトルも引き継いでいない、つまり、作品としてはすでにいったん解体されており、譲り受けたのが、作品だったものの一部の廃物らしい、というのがミソ。この電話ボックスは、もともと折りたたみ式で、再利用が容易。逆に、作品としては、生金魚のインスタ(イベントアート)なので、その場限り。)

じつは、世界中に電話ボックスを水槽として再利用したものが存在している。ひょっとすると、山本の98年の作品以前に作られたものもあるだろう。だが、それらもまた、芸術作品として発表された思想の表現ではない以上、ただの実用物としての水槽にすぎない。したがって、それらについては、著作権を論じるに値しない。

それなら、山本の『メッセージ』という作品からして、著作物であるにしても、芸術性は疑わしい、と思われるかもしれない。これは、金魚鉢にした、「メッセージ」というタイトルをつけた、というアイディアのみに依存している、既存物を転用したインスタントアート(即席芸術、インスタレーションとは別)であって、その美の源泉がどこにあるのか。

かつてデュシャンが男性用便器に『泉』とタイトルをつけて展覧会に出した。汚物をあえて美として鑑賞させる、という強烈なアイディアに注目が集まった。しかるに、電話ボックスを金魚鉢にしたことに、いかほどの芸術性、インパクトがあるのか。上述のように、実用物としてなら、山本とは独立に同じことを考え出した凡百の類似品が世界中にある。この事実から、山本の金魚鉢化というアイディアそのものは、じつは、かなり凡庸であったと言わざるをえない。

むしろ、インパクトがあったのは、第一に電話ボックスそのものの美しさではなかったのか。あのステンレス、全面ガラス張りの輝く電話ボックスは、54年のGKの逆井宏の丹頂型に変えて、電電公社建築部標準設計室の小原誠らが64年のオリンピックに向け開発したものであり、組み立て式でありながら、水槽に転用できるほどの防水耐候性があった。そして、これは改良を重ね、69年から全国に設置され、ピーク時は数十万台に達した。それは、日本人にとって、携帯電話以前の、高度経済成長を支えた昭和の生活のイコン(具象でありながらシンボル性をもつもの)であった。

とくに、緑色の屋根を持つ緑色プリペイド電話機を備えた64型電話ボックスは、iモードで携帯電話が爆発的に普及していくのと裏腹に、終わりゆく時代の象徴でもあり、だからこそ、それがもはや金魚鉢として再利用されるしかないということに感慨があった。「メッセージ」というタイトルも、この輝かしかった日本の経済成長からの最後の伝言として、バブルもはじけた20世紀の最後だからこそ、大きな意味を持った。

つまり、『メッセージ』という作品は、そもそもまず、高度経済成長を支えて国民的なイコンとして確立されていた64型電話ボックスそのものの、驚嘆すべきデザインと機能の美が絶対的にあり、それを水没させることが、あの20世紀の終わりにおいてこそ、一時のインスタレーションとして、また、アイロニカルなパロディとして、強い芸術的な意味を持った。電話ボックスを金魚鉢にするというだけの凡庸なアイディアに芸術性があったのではない。本人まで金魚電話ボックスごときに難癖をつけるのなら、自分の作品を根本から勘違いしているのではないか。

パロディにはパロディの身の程がある。金魚鉢に貶めることがインパクトを持ちえたのは、電話ボックスが神聖神秘の高みにあったからこそ。仕事も恋も、誕生も逝去も、合格も落第も、電話ボックスは、人生のクリティカルな局面の、緊張する一人舞台だった。それが、過ぎたいまでは、金魚の戯れか。しかし、そこには、成長を絶対目標とする病的な多忙さの中で、数十年来、忘れていたものがあった。だから、山本作品に、我々は深い感銘を受けた。だが、あれほど日本人に親しまれた、あの美しく、高機能高性能の64型電話ボックスを設計デザインしたのは、そして、その中の受話器にたった一人、人生の大切な一言を賭けてきたのは、あなたではない。国民的イコンとしての、あの電話ボックスそのものは、あなたの「作品」ではない。

たとえ部分が著作権フリーであるにしても、その総体を自分のものであると主張として総横取りすることは、アーティストのモラリティとして許されまい。まして、インスタントな突っ込み崩しの元となっている足場のモノについては、たとえ作品として揶揄するにしても、自己主張以前に、もっと敬意があってしかるべきではないのか。そのうえで、旧時代の成長幻想を引きずり続けていた心の的の中心をずばっと一発で射抜いて、我々の目を覚まさせた自分の作品の誇るべき一矢のみを、しっかりと誇るべきではないのか。

(今回の話は、アーティストとしてのプライドの問題。法律ではない。ここで揉めている「著作権」は、アートとしてのオリジナリティのこと。「著作権」という術語を、日本国内の法律用語としてしか理解できない法律屋は、まだしゃしゃり出るべき状況ではない。新奇を問う美を旧知の実定法で判断しようとしても、不毛な荒れ地しか残さない。まして、パロディやインスタントアート、インスタレーションのようなものは、事情が複雑で、法律も判例も未整備で、プロでも、いまだ、どうなるか、裁判の成り行き次第で、よくわからない、というのが正直なところのはず。その白黒をかんたんに言うのは、法律家として仕事に飢えたクライアント騙し。うまく乗せられて裁判に負け、痛い思いをするのは、あなた。)

なんにしても、郡山の商店街の金魚電話ボックスは、実用物としても、手入れが悪く、ただ汚い。時代を支えた電話ボックスに対するレスペクトさえも無い。あんな風でしかないのなら、とっとと撤去した方がいい。往時を彷彿とさせる輝くステンレスと全面ガラス、ハイテクと思われた斬新なプリペイド電話機、それを維持し、その中にレトロな金魚を泳がしてこそ、昭和からのメッセージがそこにある。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。最近の活動に 純丘先生の1分哲学vol.1 などがある。)

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