ダイバーシティとキャリア形成の関係(【連載6】キャリア・エントラスト理論の視点から)/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年4月23日 15時40分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
良質なキャリアを築くには、仕事の量ではなく、いかにして仕事の質を高めるかという発想が大切になる。前例を継続・反復していたり、誰にでも出来ることをいくら沢山やっても優れたキャリアにつながらない。仕事の質を高めるには、自分がやっている仕事が「誰にとってどのような価値があるのか」を問い続けることが重要で、このような問いを持ち続けた結果として、バリューワーク(価値ある仕事)が生み出される。
「私の仕事は、誰にとってどのような価値があるのか」という問いは、同時に「自らの強みは何か」を自問することである。強みを持ち、磨き続け、それを発揮した結果がバリューワークであるからだ。バリューワークは結果であり、それを生み出すために、どのような強みを持つべきかを考える必要がある。(もちろん、強みを発揮するための心理的要素や環境的要素を整えることに気を配るのも大切だ。)
●強みとは
自分の強みを明らかにするには、周囲の人々が持っている強みは何かを知らねばならない。自分の強みと周囲の強みが一致していれば、それは強みとは言えないからだ。ドラッカーは「自らの強みに集中せよ」と言ったが、これは、外部からの多様な要望や事業環境の変化に対して、柔軟かつスピーディーに対応するには内部にも多様性が必要であり、その意味でバラバラな強みを持っている組織が強く、同時にそれぞれが各々の強みに集中すべきだという意味である。皆の強みが同じである組織は、居心地はよいかもしれないが脆弱であるし、差別化されない強みは周囲から強みと認識されず、個は埋没していく。「自らの強みは何か」とは、「自分を、どのような点で周囲と差別化するか」と言い換えることができる。
とは言え、強みの発見は簡単ではない。ドラッカーが言うフィードバック分析(目標を定めて努力してきた年月を振り返り、その達成度合いを分析する)は、一つの方法だ。他には、自分が自然に出来てしまうことに注目してみるのもよい。苦もなくやっているので、自分では意識していなかったが、他者に訊いてみたら強みだと認識されていたというケースはよくある。他者の特徴はよく分かるのに、自分の特徴は自分ではよく分からないのと同じだ。自分が簡単にできるので、誰にでもできると思ってしまっているのは勿体ない。この点でも、周囲の人々が持っている強みは何かを知るのが有益である。
また、強みに優劣があると考えない方がよい。あの人の強みに比べれば、自分の強みは大したことがないといった具合だ。それは同質な組織の考え方であり、多様性を尊ぶ組織の考え方ではない。他者にないから「強み」なのであり、それぞれバラバラであるものはそれぞれに価値があり、比較するのは無理がある。強みは、「違い」や「個性」の一種として理解すべきだ。そもそも強みと弱みは、裏表の関係でもある。積極性という強みは、計画性や熟慮が足りないという弱みになりがちだ。フットワークやスピード感という強みは、慎重さや丁寧さに欠けるという弱みにもなる。言論明晰な人は、場合によってはキツく配慮に欠ける物言いに聞こえるかもしれない。強みは、優劣ではなく各々の違いとして意識され、共有され、活用されている状態であることが大切なのである。
バリューワークは、このような状態の組織から生まれる。ダイバーシティを実現した結果として、バリューワークが行われる。ただし、女性や外国人を積極的に雇用・登用とすればダイバーシティが実現し、仕事の価値も上がるというものではないことには注意が必要だ。繰り返すが、ダイバーシティとは「組織に多様な強みがある状態」のことである。だから、女性や外国人の雇用・登用を進めるだけでは、何の成果にもつながらない。もちろん、雇用される女性や外国人の側にも「自らの強みは何か」を考え、自覚し、それを発揮しようとする努力が求められる。
●標準化をやめよ
それぞれの強みに焦点を当て、その強みを発揮してもらうというのは、取りも直さず、「基準や標準をもとにした評価・処遇・育成をやめる」ということだ。階層別や職種別に等級基準・評価基準を作成し、それとの比較で評価して昇格や昇給を決めたり、基準にもとづいて研修を行ったりすると、皆が等級基準・評価基準を意識するようになり、そこに記述されているありようや行動にコミットするようになる。等級基準や評価基準は、「違い」を容認しない。そのうち個性や強みを忘れるようになり、同質化が進んでいく。当然ながら、バリューワーカーは減っていく。「基準や標準をもとにした評価・処遇・育成」は、ダイバーシティの促進と矛盾しており、その結果として仕事の価値を低下させていることに、気づかねばならない。
「評価や処遇には、基準が必要だ」というのは思い込みである。
そもそも評価の目的は、三つある。一つ目は適切な処遇(給与・賞与など)の決定であり、二つ目は成長促進、三つ目はモチベーションの向上だ。したがって、これらが実現するのであれば、手段は「基準にもとづく評価」でなくても構わない。また、これら3つの目的の実現に寄与していないのであれば(そう感じている企業が多いと思うが)、基準による評価という手段が間違っているか、どこかに無理があると考えるのが普通だ。そして実際、3つの目的をかなえるのに、等級基準や評価基準も、基準による評価も不要である。
一つ目の目的である「適切な処遇の決定」は、予算配分と同じような方法で可能だ。期初に部門ごとに事業で使う費用・投資額を決定するのと同様、部門ごとに人件費総額を割り当て、個別の配分額(誰をいくらにするか)や配分方法は部門長に一任する。点数やランクもつけない。そして、そのプロセスや結果には経営も人事部も関与しない。部門長の判断に対する不満も出るだろうが、そのような時にだけ関与・調整できるように「不服審査」の仕組みを備えておけばよい。
それでは公平性が保てない、という反論もあるだろう。しかし、公平性を保つための関与や調整は、重ねるほどに不透明感が増し、さらに、調整による評価結果の変更は、現場の納得性を低下させる。「公平性」と「透明性・納得性」はトレードオフの関係になりやすいのである。では、「公平性」と「透明性・納得性」のどちらを重視するのか。“本部(の気持ち良さ)本位”か、 “働く人(のやる気)本位”か。それでも「公平性」を保つべきという人はいないだろう。
二つ目、三つ目の目的である「成長促進」や「意欲の向上」は、本来的にはマネジャーとメンバーの間のコミュニケーションの質・量によるところが大きい。それをないがしろにしたままでは、いくら立派な評価制度や「評価基準書」「等級定義」などを作っても、成長促進や意欲の向上は望めない。上司と部下が言動・仕事振り・成果を折に触れて振り返り、強みや課題・改善点を共有したり、上司から部下にその役割や使命を全うするための動機付けが適切に行われたりしているかどうかが、成長度合いや意欲を左右する。逆に、「評価基準書」や「等級定義」を提示し、それに基づいて評価するようにしたら、皆がそれを目指して意欲的に頑張るようになり、成長していくといった話は聞いたことがない。
研修制度も同様である。各等級に求められる標準的なスキル・マインドなどを作文し、そのような姿になることを求める研修は、金太郎飴化そのものだ。スキルマップもその典型である。各職種の各階層に求められるレベルを定め、それに当てはめて各々を評価し、各人が現在、何ができるかを可視化する。あるいは、さらに上のレベルの業務ができるように促す。上司や人事部にとって分りやすいだけで、そこに書かれていないそれぞれの強みや個性を無視していることになっているし、ダイバーシティに逆行するこのような取り組みが成長を促進するとも組織を強くするとも到底思えない。
知的労働者には、標準化も管理も適さない。基準づくりとその適用は、知的労働者の個性を失わせ、プライドを傷つける。これからの人材マネジメントは、標準化や管理をやめ、各々の強みや個性に焦点を当て、その多様性と伸長に注力しなければならない。そうすることで、バリューワークが生まれ、大きな成果につながっていくのである。
【つづく】
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