フィリピンで綱渡り人生 借金500万円から逃れた「脱出老人」の末路

ITmedia ビジネスオンライン / 2019年5月24日 10時8分

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フィリピンで「綱渡り人生」を歩む吉岡さん

 いつもは気の優しい、南国の日に焼けた長身の男が、その時ばかりは珍しく声を荒げていた。

 「俺は綱渡りのような人生なんだから。ダメなものはダメ。それでも撮影を続行し、その綱を切るようなことをしたら、俺に迷惑が掛かるでしょ? そうしたら俺の面倒を見てもらえますか?」

 私たちが男の職場をビデオカメラで撮影させて欲しいと頼んだところ、男は「ボスの許可がないとダメだ」と言い張り、ついカッとなったのだ。その時に男の口から咄嗟(とっさ)に出た「綱渡り」という言葉が、フィリピンにおける彼の人生を象徴しているようだった。

 年の瀬も押し詰まった2018年12月25日のクリスマス。日本から海をまたいだ南国、フィリピンには、朝から抜けるような青空が広がっていた。私たちのクルーは、ドキュメンタリー番組の撮影のため、マニラから車で2時間ほど走った地方都市を訪れていた。取材協力者の日本人男性、吉岡学さん (仮名、56歳)に会うためで、老朽化が目立つ一軒家に到着すると、吉岡さんは真っ赤なTシャツに短パンといったいで立ちで、タバコをふかしていた。

●「幸せは金じゃない」

 吉岡さんの職場は、地元フィリピンの食品運送会社だった。鶏肉をトラックで運送する仕事である。同僚は全てフィリピン人だから、仕事上のやりとりはタガログ語だ。

 吉岡さんの仕事は深夜から始まる。トラックの助手席に乗り、鶏肉加工場に着いたら大量の鶏肉をトラックの荷台へ運び込む。搬送先は大手スーパー。高速道路を数時間かけて走り、目的地へ到着する頃には明け方近くになっている。

 入口のゲート付近に段ボールを敷き、そこで数時間の仮眠を取る。鶏肉を全て卸したら、午前中に会社まで帰宅する。それで日当は最低賃金を少し上回る500ペソ(約1000円、1ペソ=約2円)。31歳年下のフィリピン人妻、ロナさん(25歳)も同じ職場で事務をこなし、6歳の息子1人を育てながら、つましく暮らしている。しかもビザを更新するお金がないから、不法滞在だ。2004年にフィリピンへ渡って以降、もうかれこれそんな困窮生活が15年近く続いている。だが、そこに悲愴感はない。それどころかフィリピン人に囲まれながらわきあいあいと、今を生き抜いているのだ。

 フィリピンの在留邦人は現在、約1万7000人に上る。主に政府機関職員や民間企業の駐在員、現地採用人員、そして年金移住組に分かれる。特に年金移住組については「海外で悠々自適なセカンドライフ」などとメディアで紹介されることが多い。しかし、生活を始めてみると、必ずしもそれが実態に即しているわけではなく、美辞麗句だったことに気付かされる。日本の文化的価値観を持ち込み、交通渋滞や停電などフィリピンの不便さに不満を並べ立て、フィリピン人と衝突する移住者が少なくないからだ。ところが吉岡さんは、フィリピン人社会に溶け込み、在留邦人の中でも最も現地化していると言っても過言ではないだろう。

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