「職人が現場で宴会」「甘すぎる見積もり」 潰れそうだった建設会社をITで立て直した社長の紆余曲折

ITmedia ビジネスオンライン / 2020年3月27日 6時15分

写真

建設業界の改革を目指すホーセックの毛利正幸社長(編集部撮影)

 父親が経営する建設会社の危機を知り、勤めていたイベント会社を辞職して立て直しに奔走した男性がいる。「受注した工事の見積もりが甘い」「職人が現場で成果を出さない」「請求書の作成フローが非効率」といった課題に直面したが、業務のIT化を推進して解決。さらに、しっかり利益の出る仕事を優先して受注することで、働き方改革と利益率向上も両立させた。現在は自社でつくりあげたシステムを外部に販売するために新会社を立ち上げている。

 下請けの多重構造や非効率な業務が温存されがちな建設業界で、どのようにしてITを活用してきたのか。空気調和設備の設計・施工や風導管(ダクト)の製造販売などを手掛けるホーセック(京都市)の毛利正幸社長に話を聞いた。

●最盛期には従業員が100人弱いて年商は25億円

 毛利社長は、ホーセックだけでなく、システム開発などを手掛けるTRECON(大阪市)も経営する。TRECONは、建設業務に関するさまざまな情報を一括管理できるWebシステム「建設タウン」などを提供しており、配管工事業者の業界団体である関西配管工事業協同組合やその加盟企業が利用している。

 建設タウンは、もともとホーセック社内で独自に開発していたものがベースになっているが、どういった経緯で開発されたのか。

 毛利社長の父親が経営していたホーセックは、最盛期に従業員は100人弱在籍し、年商は25億円を誇っていたという。毛利社長は25歳までイベント会社に勤務し、大手ラジオ局の仕事を請け負ったり、ビルのオープニングイベントの企画・運営を手掛けたりしていた。正月やお盆も休めない過酷な仕事だったが、充実感もあったという。

 そんなある日、ホーセックが経営難に陥り、資金繰りに苦しんでいることを偶然知った。「父親と母親が『銀行から融資が受けられない』『家を売りに出さないといけない』と話しているのを聞いてしまったのです」(毛利社長)

 バブル崩壊後、会社の業績は急激に悪化していった。自分の好きなことばかりをしていられないと考え、2003年、毛利社長はホーセックに入社した。社長の息子だから優遇されていたわけでなく、入社当初は幹部から「ダメ息子が入ってきたぞ」というようなニュアンスの陰口をたたかれたという。

●「現場の職人が仕事をしないで宴会」疑惑

 入社した毛利社長は、さまざまな“惨状”を目の当たりにしたという。

 例えば、約5000万円で受注したある工事では、見積もりが甘すぎて実際には9000万円近くかかってしまったという。原因を探っていくと、「現場の職人が働かずに宴会していた」「現場監督が管理をしていない」「工事で使う材料を別の現場に横流ししている」といった疑惑が出てきた。ホーセックの担当者はずっと「問題ない」と会社に報告していた。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング