コロナ禍で露呈 あなたは「人間性を疑う」上司やパートナーと居続けるべきか

ITmedia ビジネスオンライン / 2020年5月22日 9時10分

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【画像】コロナ禍が暴いた職場や家庭の「問題ある」人間関係とは

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)は、この先何年も(ひょっとしたら何十年も)付き合わざるを得ない「日常風景」となりつつあります。一時期は、「コロナが終わったら何がしたい」といった無邪気な声も聞かれましたが、「コロナありきの社会」へと制度設計をし直さなければならなくなりました。

 これを「前代未聞の悪夢」としか捉えられず意気消沈する向きは当然多いのですが、一方で「コロナ以前には戻りたくない」と努めて冷静に振る舞い始める人々も現れています。コロナ禍で社会や世界を見る目が根本的に変わってしまったからです。

 コロナ禍によって暴かれたのは、良くも悪くもそれまでの人間関係でした。職場や家族、ある種の“仲間内”というものが手の込んだ試練にさらされたようなものです。

●コロナ禍は「人間性を判定するリトマス紙」

 テレワークをし始めた途端、職場の上司や同僚と直接接する機会が減り、ストレスがゼロに近くなった人。逆に上司による執拗な遠隔監視とパワハラによってメンタルが壊れそうになった人。あるいは一日中家で過ごすことになって家族の大切さを改めて実感した人。かえって家族とのいさかいが増えてDVや離婚にまで発展した人。いざという時に周りに相談したり助け合ったりできる仲間がいることに気付いて勇気付けられた人。またはいないことに気付いて愕然(がくぜん)としてしまった人、etc……。

 いわばコロナ禍は「人間性を判定するリトマス試験紙」であったわけです。コロナ以前であれば誤魔(ごま)化すことができていた「不都合な真実」が次々と露見していったのです。恐らく大部分の人々は平常時の段階からうすうす感付いていたのではないでしょうか。「今の職場」「今の家族」「今の○○」……のままでは行く先が案じられると。

●極限状況で見えてくる「人間性という物差し」

 しかし、それを軌道修正するにはあまりにも時間と労力を要することを理由に、なるべく視界に入らないように問題を棚上げ、もしくは後回しにしていたのです。けれども緊急事態宣言が発令され、感染者の増加と有名人・著名人の訃報、重症化のリスクと死の不安がさまざまなメディアによって拡散、増幅され、政府の無策と失態による被害が着実に拡大し、「生命の危機」を意識せざるを得なくなる中で、誰もが多かれ少なかれ「人間性の危機」に直面することになりました。

 ある者は一向に改善されない就業環境に業を煮やして職を辞し、ある者は信頼していたパートナーが理解や協力に消極的だったことから、その後の関係が修復不能なほど気まずいものになりました。振り返ってみると、このような局面は3・11(東日本大震災)でも起こっていました。

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