[嶌信彦]【ギリシャは過去の栄光を踏みにじるか?】~政治家チプラスの正念場~
Japan In-depth / 2015年7月17日 23時0分
ギリシャのチプラス首相は、EU首脳会議を向こうにまわし勝ったのか、負けたのか?8日の財務相会議では支援合意を取りつけ、親指を立てて満足気な笑みをみせ、ギリシャ国民の厳しい緊縮策に反対する7割の声を受けて“してやったり”の高揚感をみせた。
しかし12日から17時間にわたるEU首脳会議では、付加価値税導入、年金改革、500億ユーロの国有資産売却、ギリシャ借金の返済期間の延長は検討するが元本削減は行わない−−などの厳しい改革案を突きつけられた。それらを法制化した場合には、最大860億ユーロ(11兆7000億円)の金融支援再開協議に入ることで合意した。ギリシャ国民の改革反対の声は、ほぼ蹴散らされ、EU側は“改革かユーロ脱離か”を迫ってチプラス首相をねじ伏せた。
問題は今後チプラス首相が国民投票とは異なる結論をギリシャ国民に説得し、EUとの約束を実行できるかどうかだ。チプラス首相は、約500万人の国民の声をバックにEU側に譲歩を迫れるとみたのだろうが、ドイツ・メルケル首相の鉄壁は堅かった。フランスなどは条件緩和に多少の理解を示したが、メルケル首相は故サッチャー英首相以上の”鉄の女宰相”ぶりを最後までみせつけた。構造改革をきちんと早急に法制化してみせない限り支援も実施しないというタガをはめてチプラス首相が逃げられない状況を作ったのだ。
実はギリシャはユーロ加盟に当たり財政赤字のGDP比を加盟条件に合うよう統計操作してだましていた。加盟後も「財政赤字の実態は公表したGDP比6%台でなく12%超だった」(2009年)と認めて全欧州を通貨危機に巻き込んだ経緯がある。ギリシャといえば、ヨーロッパ文化発祥の地であり、第1回オリンピックを開催した名門国家である。だが、ギリシャの実態は何百年もオスマントルコに支配され、第二次大戦前にはナチス・ドイツに蹂躙されたりして過去の栄光は昔日のものとなっていた。しかもギリシャはもともと都市国家を母体としてきたため、ローマ帝国のように統一国家としてのナショナル・アイデンティティーが希薄だったとされる。
ただ、旧ソ連が地中海をうかがう際の地政学的な重要性から、欧州の自由主義国家はギリシャを大事にし、古代ギリシャに敬意を表する博物館国家として特別扱いしてきたという実情もあったようだ。しかし今のEUは、旧ソ連から脱して構造改革を進めてきた国々も多い。メルケル首相自身も東ドイツ出身で個人的にも苦難の道から今日を築きあげた人物だ。そうした国々からみると、ギリシャの“わがまま” “甘さ”は許せないということだったのではないか。
EUは気候に恵まれ、大らかでややいい加減な南欧と、厳しい気候条件や背後に核大国・旧ソ連を控えた北欧・東欧とではかなり気質が違う。はたしてチプラス政権はEUとの約束を守り、早期にギリシャを再生の軌道に乗せられるかどうか。もし緊縮策を中途半端にし、自らの政治的指導力を放棄してしまうようだと、ギリシャのユーロ離脱もまた現実化してこよう。
その場合、ギリシャにカネを貸す国、企業はロシアなど政治的意図をもった国以外は考えられまい。ギリシャは過去の歴史の栄光を守り抜く覚悟で数年間は緊縮に耐え忍ぶことが求められよう。ギリシャがユーロを離脱した場合、EU全体からみたギリシャのGDPは5-6%程度だし、ギリシャの金持ちたちはとっくに海外に資金を移していよう。ギリシャの中間層たちが歯を食いしばって再建に努力する姿をみせれば、世界の風向き、人々のギリシャを見る目も良い方向に変わってくるに違いない。
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