[相川俊英]【三重県松阪市長、議会と対立し辞職】~市民とかい離する”地方自治”~
Japan In-depth / 2015年10月1日 12時14分
これほど市民や職員に惜しまれながら首長の座から降りた人はいないのではないか。そして、これほど議員に嫌われ、拒絶されてしまった首長も。昨日9月30日に2期目の任期を1年4カ月ほど残して辞任した三重県松阪市の山中光茂・前市長のことだ。山中市長憎しに染まった市議会で議案の否決が繰り返され(20回以上)、「自分が市長でいることで行政が前に進みにくくなってしまっている。これでは市民や職員に申し訳ない」と、自ら身を引く苦渋の決断をした。なぜ、市民らに敬愛された市長がそれほどまで議員に嫌われてしまったのか。
2009年に各党相乗りの現職を破って就任した山中市長は、しがらみなき行財政改革と市民に寄り添う行政運営を大方針とした。目指したのは、市民と職員が「役割と責任をはたす」まちづくりである。情報公開を徹底し、誰でも発言できるオープンな場での対話を重ね、政策決定につなげていった。トップダウンではなく、直接民主的な手法である。地域住民が主体となって地域づくりを行う「住民協議会」の設置を促し、市内全域(43地区)に広げた。自治会や消防団、PTAやNPO法人といった地域の各団体が結束し、自分たちで地域づくりに取り組んでいくためのものだ。
対話重視の山中市長は市民や地域、職員の中に積極的に入り、いろんな声に耳を傾けた。市民と市長、職員の距離はぐっと狭まり、声の小さな人たちの思い・ニーズが反映される市政に変わっていった。例えば、保育園の定員は1225人分増員された。その一方で、しがらみなき行財政改革が断行され、市の借金残高は100億円ほど減った。誰にとっても住みやすい優しいまちづくりは市内外から高く評価された。
しかし、忌々しく思っていた人たちがいた。小さな声に耳を傾ける市政運営は、大きな声の人たちには歓迎できるものではなかった。もともと山中氏は各党各会派、各種団体が総ぐるみ(オール松阪)で推した現職を打ち破って市長になった人物だ。地域の有力者たちで構成するオール松阪陣営からすると、にっくき政敵である。しかも、市長就任後は公約通りに税金の使い方を変え、彼らがこれまで享受してきた様々な恩恵にメスを入れてきた。引きずり降ろそうと総力を挙げた2013年の市長選にも大敗した彼らにとって、山中市政が実績を積み重ねていくことは耐え難かったのである。そうした既得権益層の代表というのが、市議会の面々だった。山中市政以前は一度も議案を否決したことのなかった議会が牙を向けた。
議員にとって許しがたいことは他にもあった。市長や職員が住民とオープンの場で直接対話し、その距離を縮めていることだ。そして「住民協議会」の設置である。地域や特定の団体組織の代表として水面下で動くことを習い性としてきた議員にとって、自分たちの役割を低下させるものにしか思えないのである。実際、住民協議会の活動が活発な地域の住民から「地域のことは自分たちでやるから、議員は市全体のことを見るべきだ」との意見が広がった。水面下での取引や交渉を旨としてきた古い体質の議員たちには無理な注文であり、そうした意識も希薄だった。山中市長が自分たちの存在意義を脅かす邪魔者にしか見えなくなっていったのである。山中氏が市役所を去った松阪市は、再び、かつての「オール松阪」にもどることになるのだろうか。
写真提供)松阪市役所
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