「アラブの春」からシリア戦争に~5年目の春 その1~
Japan In-depth / 2016年2月9日 23時0分
山内昌之(東京大学名誉教授・明治大学特任教授)
アラブの春はどこへ行ったのだろうか。2015年1月は、アラブの春から五周年にあたる。2011年にチュニジアから始まった変革が、1968年の「プラハの春」のひそみにならって、アラブの春と呼ばれたのはさほど遠い過去ではない。変革の波がチュニジアからエジプトに波及すると、公権力の抑圧にもまして市民同士の対立も激しくなった。しかしリビアやイエメンそしてシリアに民主化の動きが移ると、市民の抗議運動は武力衝突から内戦に変じた。
私はかつてこの二つの流れを、それぞれ平和的体制変革と暴力的体制変革と名づけたことがある。民衆運動から「市民革命」に発展する事例と、内乱や内戦に発展して暴力性を強く帯びる事例に分けてアラブの春の未来を予知しようとしたのだ(山内昌之『中東 新秩序の形成――「アラブの春」を超えて』NHKブックス)。
そして、「シリアの春」を挫折させたのは、アサド政権の否定と擁護の違いを問わず、外国勢力が公然と軍事干渉したからだ。ISの力が伸びると、ロシアとイランはテロとの戦いを大義に、アサド政権の代わりに内戦を公然と「シリア戦争」にエスカレートさせたのである。
シリア戦争終結のためのジュネーヴ会議の協議(ジュネーヴ3)ははかばかしく進んでいない。当然であろう。最高交渉委員会なるブロックをつくって会議に参加した「穏健派反政府勢力」からすれば、25万人以上の国民を死に追いやりながら、ロシアの梃入れとアメリカの傍観で蘇生したアサド体制の存続を前提とする交渉は、政治的な自殺行為を意味するからだ。そのうえ、サウジアラビアはじめスンナ派アラブの湾岸諸国やトルコは、アサドその人が暫定政権に残ることを認めたくないのだ。
にもかかわらず、ジュネーヴ3の調停者たるスタッファン・デ・ミストゥラ国連特別代表の果たした作業と言えば、ロシアとイランが調停の前提条件を作った事実を白日の下に曝したことだけである。
他方アメリカとフランスは、2015年9月のロシア軍の介入以降、11月のパリ大テロを機に、ISと本格対決するために、アサドに宥和的な態度を示すようになった。これは、彼を「最大の犯罪者」と考えるスンナ派アラブの大勢に背を向けており、シリア問題の主導権をさながらロシアとイランに委ねたに等しい。
すでにオバマは壊れた国民国家シリアにおけるロシアの役割増大をやむなしと認めていた。米欧とデ・ミストゥラの立場は、誰がシリア問題でいちばんレヴァレッジを効かせているか、という現実に立って、ロシアとイランの役割を是認している点で共通している。
(「アラブの春」からシリア戦争に~5年目の春 その2~ に続く)
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