「言論統制」強める中国、崩壊の兆し?
Japan In-depth / 2016年2月29日 7時0分
渡辺敦子 (研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
「突然のことで、理由がわからない。今更メディアを規制して何になるのか。」
中国国営メディアの元記者の友人Mが、こう嘆息する。中国は2月春節を迎えたが、国営テレビが毎年放映する新年祝賀番組「GALA」が、例年になく厳しく規制された政治色の強いものだったという。
30年ほど前から始まった、数時間にわたり放映される日本の紅白のような番組で、ダンスや寸劇、歌などで構成される。Mによるとこれまで政治色は薄く、「表現の自由」は保証され、中国共産党を揶揄するようなパフォーマンスさえあったという。
ところが習近平政権となって以来、次第に政治介入が目立つようになってきた。特に今年は、特別だったという。香港メディアによると、同番組史上最も政治的で、「共産党なしに新たな中国はあり得ない」というコーラスも飛び出し、市民からかつてないほどの批判が噴出した。
Mの困惑には、少々説明が必要だ。日本のメディアはこのニュースをほとんど伝えていないようだが、それは恐らく「国営テレビの言論統制は当たり前」という‘常識’があるからだろう。対してMはこれまで私に、「言論統制は、実はメディア側の自主規制だ」と説明していた。どちらが真実なのか私は確認する術を持たないが、「例えばインターネットメディアは国内マーケットが十分に巨大なので、海外に進出するために自主規制をやめるよりも国内でうまくやることを望んでいる」といったMの説明そのものは、十分に納得が行くものだった。そのMにとっては、今回の騒動が「自主規制」が本当の「言論統制」に変わったことを明白にしたものだった、ということなのだ 。
“with Chinese characteristics” という言葉があちこちで聞かれるようになったのは、ここ数年のことである。2008年にエコノミスト誌のbooks of the year に選ばれたYasheng HuangのCapitalism with Chinese Characteristics:Entrepreneurship and the Stateをはじめとして、鄧小平の「白猫黒猫論」に示されるように、雑駁に言えば、中国は利益になるなら資本主義であれ民主主義であれ、独自の形に変えてあらゆるシステムを取り込んできた、という議論である。Huangの緻密な分析とは別に、単純化してしまえば「だから欧米の常識は通用しない」「共産党は崩壊寸前に見えても実は安泰」という主張になってしまいがちなこの説は近年、学術界で影響力を強めていた言説だった。
それが最近、若干流れが変わりつつあるようだ。昨年末話を聞く機会があった、中国のinformal financeを研究するある英国の大学教授は、これらの金融がまさにインフォーマルに経済を支えているという構造は、崩壊に近づきつつあるのではないか、と話していた。つまりもはやChinese characteristicsによるめくらましも限界に近づいてきた、ということである。
戸坂潤はかつて、常識の矛盾した性格を「非(反)科学的、非(又反)哲学的、非(又反)文学的・等々の消極的又は否定的な知識を意味している。処が他方に於いては之に反して、却って一人前の・ノーマルな・社会に通用する・実際的な健全で常態的な知識のことをそれは意味している」と書いた。つまり常識は恥ずべきものであると同時に、誇るべきものである。確かに中国をめぐる常識は、常識らしい矛盾に富んでいる。それだけは間違いなさそうだ。
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