取材先と記者との「緊張関係」の未来
Japan In-depth / 2016年3月7日 7時0分
こんなことがあった。日米政府間の交渉事だった。海外で両国の政府高官が最終段階の交渉を行ったが決着がつかず、遂に大臣級の交渉となった。海外での取材は2週間にわたり、連日の中継でヘロヘロになっていたが、その交渉の決着に私は自信を持っていた。何故なら、強力な情報源を持っていたのだ。
最後の最後、私は交渉が成立した、との情報を得た。これで次の中継で「○○交渉、遂に決着!」と報じることが出来る。私は原稿を仕上げに、一旦ホテルに戻った。すると廊下から交渉の当事者である政府高官が一人でこちらに向かってくるではないか。彼も一旦ホテルに戻っていたのだ。周囲に誰も人はいない。よし、最後にダメ押しで裏を取ろう。私は「○○さん、(決着して)良かったですね」と声をかけた。すると○○氏は平然と私の意に反する言葉を発したのだ。「決着?してないよ。それを書いたら誤報だよ。」私は耳を疑った。まさか・・・去っていく○○氏の背中を見つめながら、私は「ほぼ合意に達した見通しです」と原稿のトーンを弱めてしまったのだ。結局、どの社も同じような内容の中継だった。(一社だけ「決裂しました」と言っていたが)
さて、実際はやはり中継の時点で既に「決着していた」。その政府高官は私に嘘を付き、ミスリードしたのだ。しかし、彼の嘘を責めても仕方ない。それをひっくり返すだけの情報がこちらになかっただけの話だ。私の情報ソースは確かなものだという自信はあったが、複数の情報ソースから更に裏を取ることが出来なかった。こちらの負けである。よって恨み言をいうわけにはいかなかった。もっとも帰りの飛行機の中で○○氏を見つけた私は「見事に騙されましたよ」と言いに行ったが、彼は少し笑っただけで何も言わなかった。
自慢できるエピソードでも何でもないが、つまりは、取材される側と取材する側はこうした緊張関係にある、ということだ。騙し、騙される。それは今も昔も変わらない。昔と違うのは、インターネット社会となりSNSが誕生してから誰もが社会に向けて発信することが出来るようになったことだ。取材される側も取材する側も簡単にSNSに投稿できる。不特定多数の人は、それを受けて更に拡散する。まさしくバイラルに広がっていくわけで、それが自分に有利に働けばいいが、逆に批判を招くことになるかもしれない。痛しかゆしである。
取材される側も取材するジャーナリスト側も、インターネットで便利になったが、同時に厄介なことに巻き込まれる可能性も高まった。双方の間にある良い意味での緊張関係が、インターネットのせいで歪み、敵対関係になってしまったとしたら、これはこれで不毛であり、不幸なことなのである。もはや後戻りできないことではあるが。
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