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狙われるアスリート そのわけ

Japan In-depth / 2016年4月13日 18時0分

狙われるアスリート そのわけ

                      為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

陸上において、トップ選手になってからはよく指導者から”調子にのるな、お前はただの高校生なんだから”と言われていた。これは私のような人間にはとてもよい影響があって、おかげで道をかろうじて踏み外さずにここまでこれている。

 一方で、トップアスリートとしての世界(スポーツ界以外からも認識されるような知名度)では、この普通の人間として過ごせというアドバイスが仇になってしまうことがある。

99%のアスリートに向けての教育は、誰にでも感謝して過ごせ、謙虚でいろというものが美徳とされている。これは素晴らしいことだが、ことトップアスリートがこれをそのまま実行すると無防備すぎる。例えば、たまたま食事の場で隣に居合わせた人がファンなんだと言ってくれて、今度是非ご飯をご馳走したいと言われるとする。

私が人生の前半で教えてもらったことで言えば、当然人には誠実に向き合えと言われているから、ご飯にいくかもしれないし、少なくとも名刺を渡して誠実に対応する。ところが、実際の社会ではこの人が反社会勢力の人であるかもしれない。

目立つアスリートは狙われている。ところが人生の前半の癖が染み付いていて、狙われているかもしれないと思う自分は自意識過剰なだけじゃないかと自動的に突っ込みを入れる。なにしろただ足が速いだけで一般人なんだから。お願いされれば気軽に写真を撮るし、話しかけられたらちゃんと対応する。まるで世の中にいる人みんなが、グラウンドの上にいる人たちと同じような人だろうという風に。

芸能界の人に会って驚いたのは、何が危なくて何が大丈夫かの知見が蓄積されていることだ。どの店が反社会勢力に近いのかを知っている。

ところが全てではないが少なくとも幾人かのアスリートは田舎の素朴な少年と思っていい。人を信じやすく、素直で、世の中の常識もそんなにわからず、世の中にいる人は基本いい人ばかりだと思っている。そんな素朴な少年が、楽しいことがたくさんある都会にいきなり出てくるわけだ。しかも目立って、時にはお金も持って。

メダルを狙うということを教えてくれる人はそれなりにいたが、狙われている時にどう対処したらいいかを教えてくれた人はいなかった。徐々に経験から何が危ないことかを学んでいくしかなかった。

多くの人生はそうやって学ぶのだからアスリートも同じであるべきなのだろうけれど、人生の前半に成功がくるので少し状況が違うと思う。しかも顔が世の中に知れている点は特殊と言っていいと思う。

綱渡りのように何が危ないかを学ぶ方法は危ないから、多くのアスリートは世間と距離を置き安全な世界を生きるようになる。そしてどうしても世間知らずは加速されていく。狙われる人生をどう生きればいいのかを教えてくれる人はどこにいたのだろうか。

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