陸自装備の兵器調達センスは80年遅れ その3
Japan In-depth / 2016年5月10日 23時0分
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
更にもっと深刻な当事者能力欠如がある。当初陸幕は、短機関銃ではなく、拳銃に機関銃のようなフルオート射撃機能を付加したマシンピストルの採用を検討していた。しかし、これまたアクション映画の見過ぎである。実際に拳銃を撃ったことがある人ならわかるが、拳銃の命中率は極めて低い。有効射程は標準的な射手でせいぜい20メートルくらいだ。フルオート射撃ならば尚更命中精度は下がる。
かつてのソ連ではまさにこの陸自のコンセプトのようなマシンピストルを開発していた。これはAPS(スチェッキン・フルオートマチック・ピストル)だ。これは40年代に開発され、51年から配備され、フルート射撃ができる。しかもホルスターを銃床として使用できるので命中精度も高い。率直に申し上げて「機関拳銃」よりも遥かにマシなシロモノだった。
だが威力が低いために前線部隊から引き上げられて、治安部隊や警察、諜報機関用などに転用されている。陸幕装備部はこの前例を知らなかったのだろうか。更に申せば、同じようなものは80年ほど前に開発されている。ドイツのマウザー(モーゼル)M1932がそれで、APS同様にホルスターを銃床として使用できる。
どうしてもマシンピストルが欲しかったならば、チェコのCZ社のVz75やベレッタ社の93Rなど、銃床を装着できるフルオート射撃可能なマシンピストルが市場に存在しており、遥かに安価で調達できた。
当時最良の選択は89式小銃のカービン化だったろう。銃身とフォアグリップ以外はパーツが同じで、当然弾薬や訓練も強要できる。実際多くの諸外国の軍隊ではそうしている。
では何故陸幕が当初マシンピストル、ついで短機関銃にこだわったのだろうか。確かに陸幕装備部に見識がなかったのは事実だろう。だが理由はそれだけではあるまい。恐らくは拳銃を生産しているミネビアへの仕事の確保だろう。
我が国では自衛隊向けの銃器や火砲は以下の四社が開発、生産をしている。
豊和工業 小銃、迫撃砲、自動式グレネードランチャー無反動砲など
ミネベア 拳銃、短機関銃など
住友重機械工業 軽機関銃、重機関銃など
日本製鋼所 機関砲 火砲など
もし小銃を生産している豊和工業にカービン銃を受注してしまうと、ミネベアの仕事が無くなってしまう。だからわざわざミネベアに仕事を振るために短機関銃をつくらせたのだろう。
当初マシンピストを志向したのはミネベアが「拳銃」メーカーだったからだろう。だがマシンピストルは短機関銃よりも遥かに高度な設計と製造能力が要求される。おそらく同社にはそのような能力がなく、仕方なく短機関銃にしたのではないだろうか。
恐らくは天下り先の確保のためだろうが、そのために全く実用性の無い、時代遅れの兵器を開発させ、諸外国の10~15倍の高値で調達してきたのだ。実戦でこれらが使用されれば空挺部隊はじめ多くの部隊で本来死傷しなくていい隊員の命や手足が失われることになる。犯罪的な利敵行為と謗られても仕方あるまい。
銃器・火砲メーカーは統合すべきだ。多くの国、例えばトルコや南アフリカなどでは多くの国々では拳銃から機関砲、あるいは火砲まで一社で製造している。我が国は輸出が出来ないし、民間に拳銃やアサルト・ライフルなどが売れないのだから、このような火器の生産は基礎研究や設計も含めて一社に集約すべきだ。
そうすれば、例えばこの5年間は小銃、次の5年は拳銃、などとローテーションを組め、調達コストは劇的に下がるだろう。また、一人の設計者が何度も設計する機会を与えられるので、技術の向上にも繋がる。現在我が国の火器メーカーで一人の設計者が設計に携われる機会は一生に1回あるかないかだ。これでまともな火器が開発できるはずない。
このような内向きの理由から胡乱な装備調達を行っていれば、周辺の仮想敵は、自衛隊は実戦での戦闘能力が低いと判断するだろう。そうであれば仮想敵国の軍事的な冒険を誘発する可能性は高くなる。
また本来不要な装備に高いコストを払って調達すれば、その分必要な分野の予算が確保できなくなる。例えば無線機が不足しているのもその理由だ。またセーターなどの本来支給してしかるべき被服を支給できず、隊員に買わせているのもこのためだ。これでは自衛隊が戦力として機能し、抑止力を果たすこともままならない。
陸自には当事者意識と、公務員としての責任感を真剣に持って欲しいものだ。
(その1、その2もお読みください。全3話)
トップ画像:グリースガン
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