電力小売り自由化の真実 その5
Japan In-depth / 2016年5月28日 11時59分
竹内純子(NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員)
「竹内純子の環境・エネルギー政策原論」
自由化の大きなメリットは、消費者が事業者の選択という意思表示を通じて、電源構成などを変えていけることだと思います。そうした消費者の選択は可能になるのでしょうか?自由化に関するQ&A最終回の今回は、自由化によって再生可能エネルギーの導入拡大に弾みがつくのか、原子力はどうなるのかといった電源のあり方についてお答えします。
Q:自由化によって再生可能エネルギーの導入は進むの?
現時点では、再生可能エネルギーはコストが高いので、市場の選択に任せていては普及拡大が望みにくいということで、2012年7月から我が国は「全量固定価格買取制度(FIT)」という制度を導入しています。
この制度では、政府が年に一度、再生可能エネルギーによる電気の買い取り価格を決定しますが、その算定は、再エネ事業者が必ず投資回収が可能で、かつ利回りも期待できるようかかるコスト等を積み上げるかたちで行われます。
そして決定した買取価格から、発電しなくて済んだ火力発電などの発電コストを差し引いて算出される「賦課金」は、皆さんが使う電気の使用量に応じて強制的に支払うこととなっています。つまり、電気料金に上乗せされるのです。
小売り事業者によっては、電源構成のなかで再生可能エネルギーの占める割合を高めに設定するメニューを打ち出しているところもありますが、こうした普及制度がすでにありますので、自由化は再生可能エネルギーの普及拡大にはそれほど大きな影響は与えないでしょう。
また、電力事業者ごとに電源構成を開示することは、現在の制度では義務ではなく「開示することが望ましい」という表現にとどまっています。電源構成を明確にするには手間暇、すなわちコストがかかります。それが「売り」になると思う事業者は自主的にやれば良いわけで、全事業者に義務付けるのは時期尚早と判断されたのです。どんな電源構成にしていくか、消費者が選択していく社会とするためには、こうした開示が適切に行われる必要があります。
Q:原発の電気が安いのであれば、自由化によって原子力が増える?
確かに、その可能性はあります。
自由化のメリットは、皆さんが自分の選択でエネルギー政策を、ゆっくりではあるが動かしていけることであり、皆さんが安い電気を望み、原子力がそれを供給できるのであれば、原子力が市場で選択されその割合を増やしていく可能性は確かにあります。ただし、すでにある原子力の再稼働は進むでしょうが、自由化した場合に、原発を新しく建設することはとても難しくなります。
これは世論の反対だけではなく、ほかの発電の何倍も高い建設コスト(石炭火力1基で約1,700億円と前述しましたが、原発では少なくともその3~4倍)や、超長期の建設期間というリスクを背負って建設に乗り出すような事業者はいなくなるからです。投資回収に超長期の時間が必要(発電して投資回収が始められるまでに時間がかかる)な上に、自由化されれば投資回収が不確実になりますので、資金調達が困難になります。当たり前のことですが、ファイナンスのつかない事業は市場で淘汰されていきます。
世界に目を転じても、自由化した電力市場においては原子力発電所の新設は起こりませんので、それが国として必要であれば政府が様々な補完的な措置を導入します。例えば米国では規制の合理化によって建設にかかる期間を短縮したり、政府が債務保証を行って事業者の資金調達を助けるなどの施策が導入されました。また、イギリスでは再生可能エネルギーと同じようなかたちで、長期間固定の買取価格を保証して投資回収を確実にする制度を導入しました。(FIT-CfD : Feed-in-Tariff with Contracts for Difference長期固定価格買取制度)
日本は自由化には踏み切りましたが、そうした政策的措置は施されていません。そうなると古い原子力を使い続けることになりますが、果たしてそれが良いのだろうかと思います。安全性を高めるためには、古い原子力は廃止し、代わりに最新鋭の技術や知見に基づく原子力を新設する方が良いのではないのでしょうか。
日本政府は現在ある原発が、新たに設定された厳しい安全基準(新規制基準)をクリアした場合には再稼働する、という方針は掲げていますが、新設・建替えといったことには触れていません。
そうした「嫌な議論」から逃げずに考えることが必要です。
(本シリーズ了。全5回。その1、その2、その3、その4)
文中図:出典 経済産業省資源エネルギー庁
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