「負け組の英雄」は世界中にいる ネオ階級社会と時代劇その4
Japan In-depth / 2016年5月28日 18時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
本シリーズの初回で、あえて敗者の肩を持つ「判官贔屓」は、決して日本人特有の心理ではない、という私の見解を開陳した。
判官贔屓という言葉は、ご承知のように源義経=九郎判官から来ているが、たとえば英仏100年戦争に際して、その名を歴史にとどめることとなったジャンヌ・ダルク(1412頃~1431)はどうか。
類い希なる軍事的才能を示して、フランスを敗戦の崖っぷちから救ったにもかかわらず、魔女と決めつけられて、最後は火あぶりの刑に処せられた。ただし、処刑から25年後に、名誉回復が行われ、あらためて無実と殉教が認められ、今ではフランスの守護聖人の一人に列せられている。
そもそも異端審問(世に言う魔女裁判)自体が、イングランドに内通していた、一部聖職者の陰謀によるものだったとの見方が、今や歴史家の間で多数派になっているほどだ。
さらに歴史を遡ると、イングランドがフランス(厳密にはノルマンディー地方)の軍門に下ったこともあった。
1066年、ノルマン公ギョームが海峡を越え、すでにこの島国の支配者となっていたアングロ・サクソンの諸侯を屈服させて、独立王国を樹立した。このギョームこそ後のウィリアム征服王で、実は英国王室の歴史は、ここに始まるのだ。
この「ノルマン・コンクェスト」については、私はすでに複数の著作の中で取り上げてきたが、今日の話題はそのことではない。
ノルマン人による征服王朝が天下を取った後も、サクソン人の兵士の一部は、イングランド北部の森林地帯を拠点とし、ゲリラ戦法による抵抗を続けた。
これが、日本でもよく知られる「ロビン・フッド伝説」の原型である。
ものの本によれば、この森林地帯に自制するイチイの木は、弾力性に富んでいて弓矢を作るのに適しており、後にアーチャー(イングランド長弓兵)が武名を馳せる原動力となったという。
そのイングランドだが、ブリテン島の完全な覇権を握ろうと、北部のスコットランドを数次にわたって征服した。そして13世紀末、スコットランド独立を回復すべく戦ったウィリアム・ウォレスという人物を中心に、スコットランドの諸侯が武装蜂起した。彼もまた、最後はイングランド軍に捕らえられ、処刑されるのだが、スコットランドでは今に至るも英雄視されている。ロビン・フッドと違って実在の人物で、彼の物語は『ブレイブハート』という映画に描かれて日本でもヒットしたから、ご存じの読者も多いのではあるまいか。
やはり日本でもよく知られる、ウィルヘルム(ウィリアム)・テルもそうだ。
こちらも13世紀から14世紀にかけての話で、ハプスブルク王朝による支配に抵抗した、スイス農民兵の抵抗という歴史的背景がある。
こちらは日本ではいささか馴染みが薄い話なので、少しだけ解説を加えさせていただくと、ハプスブルク家というのは、もともとスイスの小豪族に過ぎなかったのだが、巧みな政略結婚など権謀術策によって、ついには世界史上でも有数の繁栄を誇る王家となった。
その過程で、もともとは盟友だったスイスの諸侯に対し、支配者のごとく振る舞いはじめたため、反発したスイス人が独立戦争を引き起こしたのである。
実を言うと、彼を「負け組のヒーロー」に数えてよいかどうか、いささか躊躇もある。と言うのは、この戦争は結局スイス側の勝利に終わり、その結果として「オーストリアのハプスブルク家」という認識が定着したからだ。
いずれにせよ、立派な働きをしたのに報われることなく、最後は処刑もしくは謀殺という末路をたどった者に、庶民が拍手を送るというのは、決して日本人特有の精神構造ではない。
ではなぜ、判官贔屓は日本人特有のもの、という考え方がひろまったのか。おそらく宗教観が関係しているのではないか。私には、そう思えてならない。
ヨーロッパ文化の根底にあるキリスト教の主眼のひとつは、
「神は正しき者に味方する」
という考え方である。そうであれば、勝者はすなわち正しい者、という論理も成り立つ。げんに多くの王家が、自分たちの統治権は神より授けられたものである、と主張してきた(王権神授説)。
一方わが国では、仏教の悟りの教えに由来する、諸行無常という考え方が、知識層以外にも浸透していた。正しい者が常に勝つとは限らない、という一種の諦観が、弱者を美化に変わる傾向は、もしかしたらキリスト教文化圏の人々より強いのかも知れない。
次回、この問題を現代社会に置き換えて考えてみる。
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