日本人拉致までアピールする韓国 日本の対米発信の実態 その4
Japan In-depth / 2016年6月18日 18時0分
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
米韓経済研究所(KEI)は今年2月はじめ、「招待所・北朝鮮の拉致計画の真実」と題するセミナーを開いた。その題名の新刊書を著者のアメリカ人ジャーナリストのロバート・ボイントン氏が紹介し、米側専門家たちが討論する集いだった。
同書は、北朝鮮による日本人拉致事件の内容を英語で詳述した初の単行本だった。事件を英語で紹介した文献は米側の民間調査委員会の報告書などがあるが、商業ベースの英文の単行本はなかったのだ。
ボイントン氏は数年をかけて日本や韓国で取材を重ね、とくに日本では拉致被害者の蓮池薫氏に何度も会って、拉致自体の状況や北朝鮮での生活ぶりを細かく引き出していた。また同じ被害者の地村保志、富貴恵夫妻や横田めぐみさんの両親にも接触して、多くの情報を集めていた。その集大成を平明な文章で生き生きと、わかりやすく書いた同書は迫真のノンフィクションと呼んでも誇張はない。
「なんの罪もない若い日本人男女が異様な独裁国家に拘束されて、人生の大半を過ごし、救出を自国に頼ることもできない悲惨な状況はいまも続いている」
ボイントン氏のこうした解説に対して参加者から同調的な意見や質問が提起された。パネリストで朝鮮問題専門家の韓国系米人、キャサリン・ムン氏が「日本での拉致解決運動が一部の特殊な勢力に政治利用されてはいないのか」と述べたのが異端だった。
そして、同じパネリストの外交問題評議会(CFR)日本担当研究員のシーラ・スミス氏が「いや拉致解決は日本の国民全体の切望となっている」と否定したのが印象的だった。
この場で私が感じた最大の疑問は、日本にとってこれほど重要な本の紹介をなぜ日本ではなくKEIという韓国の政府機関が実行するのか、だった。日本政府はなにをしているのか。ワシントンの日本大使館はなにをしているのか。そんな疑問でもあった。
この日本人拉致についての集会では、所長のマンズロ前議員がわざわざ私の席まできて自己紹介をしながら歓迎の意を表してくれた。副所長のトコラ氏とも別の会合でかなりの時間、話をしたことがある。いずれも韓国政府の主張を代弁するという態度を感じさせず、米韓関係の改善に努めたいという印象だった。韓国政府側からすれば、きわめて効果的な対米発信の成果ということになると感じた。
ちなみに日本政府もいまのKEIに似た対米発信機関を運営していたことがあった。外務省の主管で、「日米貿易協議会」という名前の組織だった。日本大使館とは別個の組織とし、トップにはアメリカ人の日米関係専門学者を据えていた。日米貿易摩擦の激しい1970年代から1980年代にかけてのことだった。だがこの組織はさまざまな理由でうまく機能せず、廃止にいたった。
ところが韓国政府機関のKEIは明らかに成功し、ワシントンでのその存在と影響力とを着実に強めているのだ。この韓国の対米発信と日本の対米発信のギャップをとくに痛切に実感させられたのは北朝鮮による日本人拉致事件の案件までもKEIが扱っているのをみたときだったわけである。
(その5に続く。その1、その2、その3。全5回。毎日18時配信予定)
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