朝日新聞若宮啓文氏を悼む その5 見事な“反面教師”朝日新聞に問う
Japan In-depth / 2016年6月25日 11時0分
若宮氏の訃報が載った朝日新聞は「若宮さんと交流の厚かった趙啓正・元中国国務院新聞弁公室主任(閣僚級)からの悼みの言葉」をも掲載していた。趙啓正氏といえば中国共産党の対外宣伝の大物であり、私が北京に駐在していた時期は現役のばりばりとして内外のメディアを監視し、統制していた。こういう人物と親しく、気に入られるというのは若宮氏の人柄や人徳のせいかもしれないが、少なくとも私には考えられない「交流」だと感じた。
ここであえて繰り返すが、若宮氏への追悼の思いに素直に駆られて書き始めたこの文章も生前の同氏の言論への批判がほとんどとなったが、彼個人の言論だけの批判では決してないのである。批判の対象はあくまで朝日新聞全体なのだ。
私は朝日新聞の特殊な傾向については遥か昔から体験し、目撃し、指摘し、批判してきた。その考察は単行本だけでも『朝日新聞の大研究』(稲垣武、井沢元彦両氏との共著 2002年、扶桑社)、『朝日新聞は日本の「宝」である』(2014年、ビジネス社)、『なにがおかしいのか? 朝日新聞』(2014年、海竜社)と、3冊によって発表してきた。
このうちの一冊で朝日新聞を皮肉にせよ、「日本の宝」と呼んだのは、わが日本が国の運命を左右する分岐点に立ち、選択に迷ったときは、朝日新聞の主張をみて、その正反対の道を選べば、だいたいは成功するから、「宝」としての価値があると主張したことが理由である。
日本が戦後の独立を果たすとき、朝日新聞はソ連や共産圏諸国を含めた相手との「全面講和」でなければだめだと主張した。日本はその道とは反対の「多数講和」の道を選んで戦後の平和や繁栄を得た。
日米安保条約に対しても朝日新聞は事実上の反対という立場をみせた。だが日本は日米安保条約を結んで、機能させ、戦後の平和と安定を得た。戦後の日本にとっての二つの最大の選択に関して朝日新聞は見事な反面教師となったわけである。日本の国家と国民が朝日新聞の求める選択肢を拒んだことによる戦後の日本の飛躍だったともいえる。
日本は今やまた憲法改正や安全保障政策の根本的改変など大きな選択を迫られつつある。朝日新聞はその改変への反対キャンペーンを打ち上げている。日本が日本らしく、そして国家らしく進もうとすることへの激しい反対だともいえる。そんな体質の朝日新聞の主張を最近までのある時期、代表してきたのが若宮啓文氏だった。
だから私のこの一文は若宮氏個人への批判ではなく彼が代表した朝日新聞全体への問いかけだとみなすのが自然に思える。とはいえ68歳で唐突に逝った若宮氏にはまだまだ活躍してほしかった。私の質問状にも答えてほしかった。だがその機会はついに得られなかった。若宮啓文氏のご冥福を心からお祈りしたい。
(了。その1、その2、その3、その4。全5回。この記事は雑誌月刊「WILL」2016年7月号からの転載です)
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