カネだけで論じられぬ英EU離脱
Japan In-depth / 2016年7月2日 23時0分
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
英国の欧州連合(EU)離脱に対しての日本の論評がいかに平板、短絡かを示す実例として、アメリカでさらに出てきた分析を紹介しよう。
「英国のEU(欧州連合)離脱を大災害として非難することは不毛であり、米英両国と残りの欧州が協力して新たな国際秩序を築く好機とみなすべきだ」
アメリカの国際政治学の大御所ヘンリー・キッシンジャー元国務長官がいま全世界で熱く論じられる「ブレグジット(英国EU離脱)」について米側大手メディアの論調をたしなめるような一文を発表した。6月末のことだった。
キッシンジャー氏は英国民の今回の判断を過ちだとして叩くことは間違いであり、EUが本来の理想を遠ざけ、硬直化しすぎた点こそ問題なのだと説いていた。
アメリカでは確かにブレグジットに対し当初は金融や貿易面だけからの「英国民のミス」を糾弾する論評があふれた。
その点では日本での論調はもっと激しいようにみえた。
「危険な孤立主義やナショナリズムの暴走だ」
「ダークサイドの極右や極左の台頭だ」
このように侮蔑のにじむ反応がときにはヒステリックな語調で表明されていた。英国民はそれほどに無知で偏狭なのかといぶかるほどの決めつけもあった。
だがアメリカでは英国の国民投票結果の衝撃が一段落すると、離脱の原因を英国民の誤算や浅薄よりもEUの弊害に帰する評論が目につき始めた。キッシンジャー論文もその一例だといえる。
アメリカ保守派の長老政治評論家ジョージ・ウィル氏は「歓迎すべき英国の国家地位の復活」と題する大手紙への寄稿で次のように論じていた。
「官僚的な統制で化石のようになったEUにより英国は自国の法律の60%以上を押しつけられ、EUへの従属を強いられてきた。英国民はこの自国の主権の喪失に反対したのだ」
「自国の主権と価値観とアイデンティティとで生きるという決意はフランスにも広がっており、各国の主権を抑える超国家組織としてのEUはいまや存在自体を問われる危機に面した」
「英国がEU離脱の結果、孤立するという指摘があるが、国家の地位の復活こそ主権に基づく国際的関与への前進となる。その際、米英の『特別な関係』がこれまでより大きく機能する」
イスラム系移民の大量流入や英国独自の社会福祉の際限のない拡大などはその主権の侵害だというわけである。英国EU離脱を単に通貨や株価に象徴される金融や財政の損得とは異なる次元で考える見解といえよう。人間集団の機能のあり方はまず国家を優先すべきか、国家を超えた組織に従うべきか、という根源の課題でもあろう。
この点についてはワシントンでいま注視される若手の国際政治学者アーロン・マクレーン氏がもっと踏み込んだ指摘をしていた。同氏は英国のオクスフォード大学にも学び、ワシントンの超党派シンクタンク「新米国安保研究センター」から今年、「次世代の研究者賞」を受けた。「ブレグジットは破局ではなく好機である」と題する論文で次のように書いていた。
「今回の英国の国民投票は欧米のいわゆるエリートにとって超国家による統治を未来の不可避な出来事だとする『夢』の排除だった。この『夢』は一般人の愛国心の誇りや国民国家への愛着を非合理で自己破壊だと断じてきた。この『夢』は死んでいないがいま阻まれた。だからエリートたちはがっかりして感情に走り、英国民の判断を叩くのだろう」
日本での議論にとっても刺激あるいは抑制となる分析だろう。
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