なぜ憲法に退位の規定がないのか? 知られざる「王者の退位」その1
Japan In-depth / 2016年7月29日 11時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
天皇の生前退位は可能なのか。
一週間ほど前から、マスコミを賑わしている話題だが、新元号など法整備の問題がからんでくるので、たとえ実現するとしても数年後の話になるという。82歳という天皇の年齢を考えると、そんな悠長なことを言っている場合ではないはずなのだが、今後の皇室のあり方を左右する議論であるから、拙速は避けねばなるまい。
その意味では、議論それ自体にさえ明確な指針を示さない安倍内閣の責任も問われるべきと私は思うが、ここではひとまず置く(シリーズの中で、あらためて触れる)。読者諸賢には釈迦に説法であろうが、歴史をひもとけば、天皇が退位するということ自体は、珍しくない、とまでは言わないが幾度もあったことである。
ではなぜ、現行憲法や皇室典範に退位に関わる規定がないのかと言うと、逆説的だが、「歴史上、幾度もあったことだから」というのが正解ということになるだろう。端的に言うと、皇位が権力闘争に利用されたり、「本人の意志に基づかない退位」もあり得るといった、歴史への反省が込められているのだ。
近代では(退位の)事例がない、と報じられたが、これは、明治憲法=大日本帝国憲法制を近代と規定しているのだろう。たしかに退位と女性天皇即位の最後の実例は、江戸時代初期のことである。108代・後水尾天皇がそれで、当時は二代将軍・秀忠の治世であったわけだが、幕府=武士政権の朝廷に対する優位が確立していった時代で、長きにわたって朝廷・貴族のガードマン的存在に過ぎなかった武士が「禁中並公家諸法度」を制定して、貴族の行動規範を守る事を強要した。
この後水尾天皇には秀忠の娘が嫁ぎ、さらには、三代将軍・家光の乳母である、お福という女性が、幕府のゴリ押しによって官位を得て「春日局」を名乗り、天皇に面会して皇位継承問題にまで口を出す、という事態を招くに至る。
さすがに最後の話、すなわち皇位継承問題に口を出したというのは、後世の創作ではないか、と見る向きも多いようだが、当時の朝廷が問題視したのは、そこではなく、将軍の身の回りの世話をする部署(有名な大奥)を取り仕切っているだけの「お局さん」が宮中まで乗り込んできたこと、それ自体であった。
とうとう後水尾天皇は退位して娘に皇位を譲ってしまう。かくして、奈良時代の称徳天皇以来、865年ぶりの女性天皇たる明生天皇が即位した。1629(寛永6)年のことである。仰天した幕府は、これ以降、定期的に天皇の勅使を江戸城に招いて接待し、将軍家も天皇家に臣従しているのである、という体裁をとることとなった。
後に、この勅使の接待を巡るトラブルから、今に至るも「忠臣蔵」と呼ばれる事件が引き起こされるのだが、その話も、今次のテーマとは直接関係ないので割愛させていただく。
ここで見ておかねばならないのは、一般に「武士の世の中」と称される江戸時代においてさえ、朝廷と幕府は二重権力構造と言うべき微妙な力関係によって成り立っていた。だからこそ、倒幕を目指す勢力が天皇の担ぎ出し(政治利用)に成功したことによって、明治維新が起こりえたのである。
その明治政府が制定したのが大日本帝国憲法で、ここにはたしかに、「大日本帝国ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあるだけで、退位が可能なのか否かを判断し得る規定はない。ただ、 補則において摂政を置くことは認めており(第75条)、同時に、摂政を置いている期間中は、憲法および皇室典範を変えてはならない、と規定している。
これを要するに「政治目的での退位」「本人の意志に基づかない退位」は認められておらず、現行憲法においても、その解釈までは変わっていない、というのが、憲法学者の多数派の解釈であるらしい。
この、憲法解釈の話は、次回もう少し詳しく見る。
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