長期戦略を欠いた原子力政策 自壊した日本の安全神話その2
Japan In-depth / 2016年10月1日 18時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
福島第一原発の事故の後、二人の 著名なミュージシャンが印象的な発言をした。一人は坂本龍一氏で、反原発の集会に参加し、「たかが電気のために命を危険にさらしてはいけない」と発言。もう一人は宇多田ヒカルさんで、ツイッターで意見を求められ、「賛成か反対かっつったら反対だけど、反対運動することはないと思う」と前置きした上で、「メルトダウンか大停電か、なら大停電の方がマシ」と答えた。前者の発言については、ネットを中心にかなり批判が多かったが、後者については肯定的な反応が多かったようだ。 私自身も宇多田ヒカルさんの発言を知って、意外と(失礼!)常識人なんだなあ、などと考えたほどだ。坂本龍一氏の発言にしても、真意は代替エネルギーの開発促進を訴えたものであったことは重々理解しているのだが、つい過激な表現を選んでしまったのだろうか。いくらなんでも「たかが電気」は言い過ぎだろう。 話を戻して、あの原発事故の記録を読むにつれて、せめてもの救いとはこのことかと思えるような要素が、いくつもあった。まず、事故が太平洋岸で起き、その時ちょうど強めの西風が吹いていたこと。もしも同程度の北風だったら、相当量の放射能が首都圏に達していたはずだ。実際、最悪の場合は4000万人を首都圏から避難させねばならないという想定までなされていたので、メルトダウンか大停電か、どころの騒ぎではなかったのである。 もちろんこれは、一面の真実に過ぎないのであって、非常時に炉心を冷却するための配管が正しく作られていなかったとか、とんでもない人災であったという側面も見逃してはならない。そもそも建設当初に想定されていた耐用年数を超えており、防潮堤の高さも不十分ではないかとの指摘があったにもかかわらず、稼働していたのだ。 地震と津波の規模が想定外であった、では済まされない。 しかも、廃炉費用が兆単位に達することから、国民に新たな負担を求めざるを得ないなどと、今更のように言い出す始末。原発は安価で安定した電源だという「神話」も、今や風前の灯火だと言わざるを得ない。しかしながら、ただちに全ての原発を廃炉にすべし、という主張にも、にわかには賛同できないというのが、現在の私の立場である。 どういうことかと言うと、まず、この活断層だらけの日本列島に、どうしてあれだけの数の原子炉が稼働していたのか、という問題から見なければならない。1955(昭和30)年に原子力基本法が成立しているが、これは、自民党と当時の社会党が共同で提案した。 高度経済成長期を見据えて「停電のない日本」を目指すという点で、まさに挙国一致のスタートであったのだ。 そして、国のエネルギー政策が原発依存に大きく舵を切ることとなったのは、1973年の第一次オイルショックがきっかけである。原発の建設は、それ自体が巨額の公共投資であり、石油に頼らない電源の確保との一石二鳥が狙えたのであった。 この政策自体、後知恵で批判するのは簡単だが、それはよいこととは思えない。目の前に、中東からの原油の供給が途絶えるかも知れない、という危機感があったのだし、また現実に、1979年にはイラン革命にともなって第二次オイルショックも起きた。電気のない生活など考えられない以上、石油に頼らない電源がどうしても必要だとの判断は、それ自体としては、まっとうなものであったと評価してよい。 ただ、いつしか経済効率のみを追及するようになり、安全性の問題が過小評価されるようになってきたことも、冷厳な事実であると思う。なにより問題なのは、使用済み核燃料=いわゆる核のゴミも含めて、燃料の確保からゴミの後始末に至るまで、長期戦略と呼ぶに足る政策がなかったことだ。折角作った原発だから、少しでも長く発電を続けなければ勿体ない。こんなレベルの運用のツケが、あの大事故という形で露呈したのである。 我々の生活に不可欠なのは、あくまでも電力であって原子力ではない。この基本に立ち返って議論を再スタートさせない限り、わが国の原子力政策は、遠からず立ち枯れる運命をたどるであろう。外部リンク
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