日本の社会科学が「ガラパゴス化」を脱する方策
Japan In-depth / 2016年10月3日 19時5分
渡辺敦子(研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
筆者は先日、社会科学の国際化を阻む「壁」について、日本の社会科学の「ガラパゴス化」を指摘した。本稿では少し論を進めて、在外の日本人研究者という立場から、方策を考えてみたい。
以前「大学世界ランキング、日本の大学低迷のなぜ」で触れたように、筆者は「ガラパゴス化」がすべて悪いとは思っていない。「普遍性」を売り物にするどんな理論も、ある特殊な社会の創造物であり、人間社会を分析する社会科学では、その傾向は強くなる。その意味ではフランス社会に住んだことのない我々は、日本社会にあって彼の社会を空想しつつ、ミッシェル・フーコーの著作を理解するほかはない。
「このときの筆者の気持ちを15字以内で述べなさい」といった国語教育に慣れた我々は、「正答」があると信じがちだが、この意味では、フーコーの思想の日本社会への完全に「正しい」援用などありえない、と言ってよい。どころか、英語圏でのフーコーの一般的な理解は間違っている、と指摘するフランス語を母語とする研究者もいる。言い換えれば欧米でも、ある思想の解釈の正当性をめぐる議論は、絶え間なく行われている。また逆に、誤った解釈が思わぬ真実を照らし出すこともある。
一方で近年問われているのは、欧米発の理論を世界中に当てはめることの正当性だ。例えば国際関係論の現実主義は、国際社会の自然状態は無政府状態であると教えるが、これは、日本が帝国主義化するまでのアジアの「平和」を説明しない。つまり視点を変えればこの理論は、欧州の「ガラパゴス的」経験に基づくものである、と論破することもできる。ならばむしろ重要なのは、日本社会科学が独自の発展をしてきたことを自覚することであって、世界の基準に合わせることでは必ずしもないだろう。
グローバル化には、2つの考え方がある。ひとつは同化と見る向きであり、フリードマンの著書のタイトルのように「フラット化する世界」といった場合、この部分が強調される。
一方、グローバル化はむしろ、多様化であると解釈することもできる。筆者はどちらが真実かではなく、どちらも一定の真実を捉えていると考えるが、グローバル化への方策を考える上では、どちらのグローバル化がより日本の社会科学と大学にとって必要であるかを見極めることで、ある程度の正答は見えてくるはずだ。
例えば英語の授業を増やすこと、外国人教師を雇うことはフラット化の性格がより強く、前稿で触れた「甘えの構造」の例のように、日本発の理論の可能性を、外部と対話しつつ探っていくことは後者への道であろう。
留学生を増やすことには、双方の側面がある。彼らに英語の文献だけを使って英語で講義すれば、前者のグローバル化が促進されるが、日本の文献も使えば多様性につながる。ここで大切なことは、前者のグローバル化を目指したとしても、欧米の大学と戦えるわけがない、ということだ。英語で英語の社会科学を学ぶなら、ノンネイティブの不完全な英語で授業を受けるより、英語圏の大学に行ったほうが良いに決まっている。
日本の社会科学がグローバル化に対応する知の「生産者」に転じるには、どうしたら良いのか。こう問い直してみてはどうだろう。日本の車が市場を席巻できたのはなぜだろう。今、日本を大好きな若者たちが世界中に増えているのはなぜだろう。それは他でもない、日本の生み出すものが、世界に通じながらも明らかに日本のものであったからだ。
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