軍事力と経済力は不可分 自壊した日本の安全神話 その5
Japan In-depth / 2016年10月21日 16時18分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
10月14日、本誌創刊3周年の記念シンポジウムに招待され、アジアにおける軍事問題の権威である、中国軍事研究機関「国際評価戦略センター(International Assesment and Strategy Center)」主任研究員リチャード・フィッシャー氏の講演を拝聴する機会を得た。 中国の軍事技術の急速な向上ぶりについて、なかなかショッキングな情報がもたらされたが、質問の機会が得られたので、「2050年に中国が宇宙における軍事的覇権の確立を目指している」というヴィジョンに対しては、きわめて懐疑的にならざるを得ない、と率直に申し上げた。 理由は割合単純で、そのヴィジョンは2020年代以降も中国の経済が成長を続けるという前提でしか語り得ないものだからだ。フィッシャー氏もさすが率直に、「仰るように、中国が経済的な限界に突き当たって、軍事的な野心を放棄もしくは縮小する日が、早く来ればよいと願っています」と答えたが、同時に、中国という国は予算の使い方についても民主主義が機能しない国ですから、との懸念を付け加えることを忘れなかった。 その後、議論するような時間はなかったし、そういった場でもなかったのだが、中国の軍拡をここまで野放しにしてきたオバマ政権を遠回しに非難するがごときフィッシャー氏の議論に対しては、正直なところ、少し食い下がりたい衝動に駆られた。 フィッシャー氏はアジアにおける軍事問題を専門とする研究者なので、どうしても前述のような意見を持つようになるのだろうが、私見、オバマ政権であろうがなかろうが、21世紀にもアジアにおける軍事的プレゼンスを維持するのは困難であったに違いない。 米国経済がまだまだ好調であった頃、具体的には1970年代前半くらいまでだが、冷戦という背景があったとは言え、当時の政権は「2・5戦略」を標榜することができた。ヨーロッパ中部平原で当時のソ連・東欧(=共産圏)の軍事力と激突した場合、ただちに極東に第2戦線を開くが、その場合でも、中南米などで予想される、相当な規模の地域紛争を同時に戦い抜くことができる、という意味だ。米国が、その圧倒的な軍事力を背景に「世界の警察」と称されたゆえんでもある。 しかしその後、米国はその経済的負担に、次第に耐えられなくなっていった。冷戦の終結にともなって、一度は「唯一の超大国」と称されたりもしたが、そのような得意の時期は、まことに短かった。冷戦の終結にせよ、たしかに色々なことが言い得るのだが、政治的な駆け引き以上に、巨額の軍事費の負担に耐え続ける「我慢比べ」となり、ソ連が先にギブアップしてしまった、という要素を見逃すことはできない。 同時に現在の米国はと言えば、財政的に「1・5戦略」も無理だろう、ということで衆目が一致している。湾岸戦争に際して、わが国が1300億ドルもの拠出を強いられたのも、このことと無関係ではない。 ここはあえて「たら、れば」を言わせていただくが、もしも20世紀末の日本の政治家に、正しい戦略眼が備わっていたならば、ソ連崩壊と同時に、それまでの北海道偏重の国防体制を改めていたであろう。 さらに手前味噌になるが、私や、友人でもある軍事ジャーナリストの清谷信一氏などは、1990年代の半ばから、西南方面へ防衛力をシフトせよ、と主張していた。断じて後出しジャンケンのような議論ではないことを強調させていただきたい。 中国の軍拡が(とりわけ技術面で)ここまでになるとか、IS(イスラム国)という新たな脅威の台頭までは、さすがに予測できはしなかったが、軍事力というものは経済力と不可分なのだといった、基本的な事柄はちゃんと理解していたつもりだ。 したがって私などは、共和党の大統領候補であるトランプ氏の政策が、米国内で一定の支持を集めていた理由、そしてそれが将来にわたるアジアの安全保障に及ぼす影響を、今から見据えておかねばならない、と考える。トランプ氏の政策とは、煎じ詰めて言うと「米国はもはや世界の警察たり得ない」という前提に立って、保護貿易主義的な経済政策、さらには日韓の核武装を容認してでも、アジアにおける軍事的プレゼンスに要する米国の負担を軽減すべし、ということである。 今次の選挙では、彼に対する逆風が強まる一方だが、まだ最後まで分からない。ひとつ確実に言えることは、遠からず同様の政策を掲げ、かつワイセツ発言などの低レベルなスキャンダルを起こさない人物が米国大統領になるであろう、ということだ。そうなってから、日中間の外交的・軍事的関係を見直そう、などと声高にとなえても、手遅れになることは火を見るよりも明らかなのである。外部リンク
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