地域コミュニティーを過信するな 自壊した日本の安全神話 その 8
Japan In-depth / 2016年10月31日 23時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
前回、データを冷静に見る限り、わが国の凶悪犯罪はさほど増加していないにも関わらず、意識調査などでは「治安が悪化している」と考える人が大多数を占める、と述べた。なぜ、そのようなことになるか。手がかりは、まさしくその意識調査の中にある。 わが国の治安は悪化していると思う、と回答した人たちに、どうしてそうなったと思うか、と問いを重ねると、「地域社会の連帯意識が希薄になったから」が54.9%で最多であり、続いて「景気が悪くなったから」が41.4%を占めている(『毎日新聞』電子版などによる。設問は複数回答可)。 つまり、わが国の治安は悪化している=昔は治安がもっとよかった、と答えた人の大部分は、かつては地域の連帯が防犯にも機能しており、それが治安を支えていた、と考えているわけだ。これは一面の真理ではあるけれども、別の一面を見たならば、危険な考え方でもある、と私は思う。 たしかに、私が子供だった頃を思い出してみたならば、東京23区内であっても、町内では誰もが、私が何者であるかを知っていたし、夕方遅くまで(と言っても、午後7時前だ)家の外にいたなら、早く帰宅するよう促す大人がいたものだ。誘拐などの被害に遭うリスクという観点からは、たしかに今よりも治安がよかった、と言えるだろう。 昨年、中学1年生の男女が誘拐・殺害される事件が起きたが、報道に接して、そもそもどうして子供が深夜に出歩いていたのか、と思った人は、私一人ではあるまい。したがって、近所合壁の地域社会を懐かしむ気持ちを、私は否定しない。ただ、この感覚を裏返したならば、「よそから来た人が大勢住み着くようになってから、治安が悪くなった」という発想になるのではないか。とりわけその「よそから来た人」が、言語や生活習慣を異にする「よその国の人」であったなら・・・ 治安が悪化した原因として、もうひとつ挙げられている「景気が悪くなったから」という問題についても、同様のことが言える。EU諸国において特に顕著な問題だが、国境を越えて労働力が移動してくるようになると、どうしても「安い賃金で長時間働く移民が、自分たちの職を奪っている」といった考えを持つ人が増える。 そもそも移民が築いた国であるはずのアメリカ合衆国において、国境に壁を造ろう、などと主張する人が大統領候補になれたのも、英国が国民投票でEUからの離脱を決めてしまったのも、問題の根は同じだろう。 私が日本の「安全神話」について、崩壊したと言うより、むしろ自壊したのではないか、と考えるに至った理由も、やはりここにある。 たしかに日本の治安の良さは、世界に誇り得る水準にあった。しかしながら、それが息苦しい相互監視社会を肯定する論理に結びつくことを、私は危惧している。 先般、宇都宮市で自爆し、巻き添えで重軽傷者を出した元自衛官の男性など、最後まで地域のコミュニティー活動には積極的に参加していたというではないか。地域社会の連帯意識が強固に保たれてさえいれば、犯罪抑止力として機能すると言っても、所詮は程度問題なのだ。 前に触れた、大坂の中学生誘拐殺人事件では、監視カメラの映像が犯人逮捕に寄与した。しかしながら、監視カメラが犯罪抑止力として機能しなかったことも、また事実ではないだろうか。子供を誘拐や性犯罪から守る手立ては、監視カメラを増やすことではなく、「知らない人の車になど、絶対に乗ってはいけない」という教育を徹底することではないのか。本末転倒の「安全神話」は、信じられなくなって当然なのである。外部リンク
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