『1984年』米で売上1位のわけ しぶとい欧州の左翼 番外編
Japan In-depth / 2017年2月16日 11時0分
一方では、そうした実績を残しながら、1950年2月の総選挙では敗れた。福祉国家建設の陰で「平和の配当」が不充分だと考えた中産階級の票が保守党に流れたことが最大の原因とされている。これもまた事実なのだ。
ジョージ・オーウェルの発想の根底にあったものは、このまま英国において社会主義的な政権が続くと、いずれはソ連邦のような「偉大な指導者」が独裁的権力を振るう国になってしまうのではないか、という懸念であった。これには異説もあって、この小説の構想は1944年にはすでに練られており、舞台となる独裁国家は「ファシズムが勝利した世界」に他ならないと見る向きもある。
いずれにせよ、この小説が出版され、各国語に翻訳されていったのは冷戦時代で、米国においては反共の宣伝にしばしば利用されていた。
そのような本が今、どうして米国で売り上げを伸ばしているのか。
トランプ大統領のことを、社会主義者あるいは左翼だと考える人はまずいないだろうが、彼が情報を発信する際の手法たるや、まさしく『1984年』に描かれた架空の独裁国家における「ニュースピーク」(注1)のごとし、と受け取られているのだ。
すでに日本でも有名になった例としては、オバマ前大統領の就任式と比較して、観衆が圧倒的に少なかった、という報道に対して、ホワイトハウスの広報官は、「それは事実ではない。史上最高の人出だった」と語った。しかし、翌日の新聞に掲載された写真で、人出の差は一目瞭然で、当然ながら広報官に対しては「嘘つき」というブーイングが沸き起こった。これに対して大統領の側近が、「彼は嘘はついていない。オルタナティブ・ファクト(もうひとつの事実)を述べたのだ」と語って、今度はこれが流行語になる、という現象を招いた。
『1984年』の巻末には、ニュースピークに関する解説が載っているが、要するに、物語の舞台である架空の独裁国家においては、言語の意味までもが権力によって恣意的に変化させられ、教育や報道によって国民に浸透させられている、という設定なのだ。変化の具体例として、たとえば英単語のfreeから、政治的・知的「自由」の意味は消されている。除草剤によって雑草からfreeになる(雑草が無くなる)といった意味しか残されない。
このようにして、言語までもが体制を支える道具と化してしまうのが、独裁政治の本当の恐ろしさだと、オーウェルは喝破したのである。
これまた日本でも広く知られるように、トランプ大統領という人は、自分に批判的なマスコミを「嘘ばかり」と決めつけ、ツイッターなどを通じて自身の主張を発信し続けている。
これについては公平に見て、マスコミの側にも大いなる責任があることは否定できないが、だからと言って、トランプ政権の危険性も決して過小評価してはならない。独裁体制は、決して左翼の専売特許ではないのである。
(注1)ニュースピーク(新語法、Newspeak)
ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に描かれた架空の言語。全体主義国家が国民をコントロールし、体制を守るために作った。
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