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“踊らにゃ損損”夢は人を幸せにするのか

Japan In-depth / 2017年7月20日 18時0分

また、将来そうでありたい自分を目標にしている事もあると思います。ですが、これはある意味でブーメランのように現状否定にもつながります。つまりああなりたいは、今そうではないという事で、もっと言えば常に現状のコンプレックスが夢という形で将来に現れているとも言えると思います。いつも目標があるのではなく、いつまでたってもあるがままの自分を受け入れられないというものです。

私は二つの観点を持っています。まず個人に関しては自由で、本人を尊重する立場です。もう一方で社会全体としては、前向きで、人々が生き生きしているものを望んでいます。

私の主張は個人の幸福に関しては、突き詰めれば、あるがままに生きればいいのではないかというものです。幸福に関しても、なりたければなればいいし、なりたくなければならなくてもいいと思っています。挑戦したい人間は挑戦すればいいし、のんびりしたい人間はのんびりすればいい。目標を持ってもいいし、持たなくてもいい。

結果として、人生は滅ぶかもしれないし、栄えるかもしれないし、社会に貢献できるかもしれないし、迷惑をかけるかもしれないけれども、自分の人生でそれを引き受ければいいだけだというものです。冷たく言うと、自分のことで精一杯なので人のことなんて知ったこっちゃないということです。

一方社会においては、まず我々は生き残るべきだろうと思っています。いかに個人の幸福云々を言っていても、集団が負けて貧しくなると幸福感はやはり総量として下がるだろうと思っています。幸福云々と言っているのは社会のかなり上層の話で、地球上の多くの人の幸福は経済的発展でもたらされるのだろうと思います。それによって、明日を心配しなくてよくなり、子供に教育の機会を提供できるのだと思います。すでに日本の貧困層は、安心を享受できなくなりつつあります。

仮に皆幸せになりたいと思っていて、個人の幸福を追求し努力の総量が低下すれば、結果として全体は弱くなり、全体の幸福量もまた外部と比べ相対的には減少することになると思います。私は日本には生き残って欲しいと思うので、人を応援する前向きな空気を醸成すること、挑戦をする人を増やし励ますこと、を意識しています。

もちろん全体に話す時は違いますから、相手によってずいぶんトーンが違うのかもしれません。話によればブッタでさえも相手によって話を変えたそうなので、そこは勘弁していただきたいと思います。

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