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パフォーマンス理論 その7 考えはじめの谷

Japan In-depth / 2019年7月2日 7時0分

 


1、シンプルに考える



とかく、意識をし始めると、細かいことを気にしすぎてしまう。私は足の裏をフラットにつくべきか、前足部でつくべきかなど細かいことを気にしすぎてこじらせた。改めて考えると力のほとんどは中心で作られていて、そんな細かい末端のことはほとんど影響してない。人間の動きはシンプルで、かつ競技も考え抜けばシンプルだ。そのシンプルなところから目をそらさないことが大事だ。特に考え始めの谷にいる時には、弱気になっているし時間もあるから無駄に細部を考え始めてこんがらがり始めるから要注意だ。決してこねてはならない。真髄は小学生でも理解できるほどシンプルだ。



2、理論を完全インストールする



私は、自分がスランプになった時に高野進さんのところに行って、走りを一から教わった。正確にはもともとの走りを再構築した感じだった。考え始めてわけがわからなくなっているのは型がないからだ。型を作るためには誰かの型に全部染まりきった方がいい。大事なのは素直に聞くことで、それなりの年齢だとプライドもあり自分の理屈もあるが、そんなものは全部捨てて一定期間ひたすらに言われた通りにやった方がいい。一番良くないのは中途半端にわかったふりをしてつまみ食いをする場合だ。ちぐはぐでばらばらな動きが出来上がる。自分らしくやりたいなら、染まってからあとでオリジナルを作ればいい。あとは、あれこれアドバイスをくれる人がいるが聞き流した方がいい。このタイミングでは断片的な一級アドバイスより、三級でも一貫性のあるアドバイスの方が価値がある。



3、適当にやる



考え始めの谷で深刻になる人間は、そもそも真面目で何かに集中しやすく、その分視野が狭い場合が多い。考え続けているから、はまり続けている。だから、真面目に問題と向き合いすぎることで問題が深刻化する。考え始めの谷は、真面目に積み重ねることで抜けるような類の問題ではなく、極端に言えば抜けるなら一夜にして抜けることもあるような問題だ。私はいくら考えても走りが元に戻らないから、ちょっと夢中になってみようと思い、自分の腕に鈴をつけてその音だけに集中して走った。これがきっかけでだいぶ改善した。諦めるわけではないけれども、考えてもしょうがないと距離をとってむしろ違うことをやる適当さが大事だ。付け加えると、定期的にバカになって夢中で競技をすることも大切で、距離を近づけたり遠ざけたり夢中になったり考えたり自在にできるようになれば、脱するのは時間の問題だ。



 

考えていない選手より考えている選手の方がいいと言われるが、私はどちらにもメリットがあるのではないかと考えている。ずっと目の前のボールだけを追いかけてトップに行く選手もいるし、その方が身体の連動がうまくいく場合もある。ただ、一度でも考え始めてしまったなら、もう考えなくなるのは難しく、考え抜くしかない。うまくいかない期間は数年に及ぶかもしれないが。



それでも私は考えはじめることを勧める 。理由は二つある。一つは考え抜いた先には自分の型ができあがることだ。そうなると何がいいかというと、新しいことを試すのが怖く無くなる。人間どこからきたかがはっきりしていればどこに帰ればいいかもわかるので、より勇気を持って遠くまでいけるようになる。型がない間は、何かがずれてうまくいかなくなるのが怖いのでむしろ細部に固執する。中心がはっきりしているほど中心以外はどうとでもできるようになる。



もう一つは、言語化できるようになることだ。言語化できるようになれば、より多くの人の技能向上に貢献できる。選手がコーチになった場合、自分の動きで相手に伝達できるのはせいぜい引退後10年程度で、そのあとは身体が衰えるので言語で伝えるしかない。しかし、考えたことがない選手は、言ってみれば自分の身体を外部から見渡したことがない選手なので、指導も自分の感覚で表現しがちになる。具体的にはオノマトペ的表現が多くなる。これはこれで必要ではあるが、オノマトペは自分と感覚が合う人間には通じるが合わない人間には伝わりにくく、その場合は構造的に身体を説明し伝える必要が出てくる。考えたことがない選手はこれができない。”どう”するかは伝えられても、”なぜ”なのかは伝えられない。



考え始めに谷はあるが、それを抜け試行錯誤の末に手に入る自らの身体で遊ぶ喜びは何者にも代え難く、かつ奥が深い。世阿弥は芸事には離見の見が重要だと言った。自在に自らを操るということは、距離が自在にとれるということでもあり、自由になるということでもある。


 


(この記事は2019年2月16日に為末大HPに掲載されたものです)




「進める」から修正しました。


 


 


トップ写真)Pixabay Photo by Fotorech


 


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