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日本酒革命ドバイで60万円

Japan In-depth / 2019年8月6日 2時11分

「米農家のためです。最高級の酒を造れば、農家の収入も増えます」。思いが通じた。堀江酒場は原の申し出を受けることになった。


堀江は「日本酒業界の異端児」だ。日本酒の世界では、早く飲んだ方がおいしいという概念があり、一般的な日本酒の賞味期限は1年とされている。しかし、前述したように堀江はかねてから錦川の硬度の高い水をつかって熟成酒造りを研究し、「賞味期限1年の壁」を打破しようと考えていた。


それでは、どの米を使って醸造するか。原が言い出したのは、イセヒカリだった。それは、知る人ぞ知る「奇跡の米」だった。1989年に三重県を台風が襲った。伊勢神宮の神田では、稲が軒並み倒されてしまった。その中で、二株だけ立って残っていた。不思議に思った宮司は、二株を山口県農業試験場に送った。鑑定を依頼した。




その結果わかったのは、コシヒカリが突然変異したことだ。台風にも負けない「奇跡の米」だ。イセヒカリと名付けられた。それをきっかけに、松浦の地元錦町では、農家がイセヒカリを栽培していた。


原がイセヒカリにこだわったのには、理由がある。「ストーリーが必要なのです。伊勢神宮の神田で植えられ、奇跡的に残った。それは重要なセールスポイントになります」


米づくりは錦町の農家の仕事となった。原は有機農法での栽培を依頼した。通常の農薬を使わないため、農家の手間暇は格段に増える。雑草の草むしりも必要になる。ただ、その日本酒を海外で販売するには、安心・安全の原料を使っていることになり、セールスポイントとなる。高い価格で売るための特徴なのだ。また、農家に負荷をかけている分、農家は高い値段で堀江酒場にイセヒカリを販売できる。「農家が豊かになる。農業を盛り上げたい」。イセヒカリを使うのは、そんな松浦と原の思いに合致している。



▲写真 イセヒカリの収穫の様子 出典:Wikimedia Commons; 巻機


酒米はイセヒカリ。堀江は3カ月かけて醸造した。伝統的な製法で仕込んだ酒は、極上の純米大吟醸になった。そして誕生したのが前述した「夢雀」だ。2016年には、全体の7割にあたる700本を販売。それ以外は、ビンテージ物としてあえて残し、2万円プレミアム価格をつけて販売した。


松浦はもともと地元の雑誌の編集者。前述したベンチャー商社「Archis」(アーキス)を立ち上げた。松浦は笑顔で語る。


「幕末に井上馨や伊藤博文ら長州藩からヨーロッパに視察に派遣された長州ファイブの人たちが切り開いたからこそ、今の日本があると思う。『夢雀』を造って、いろいろ言われますが、『日本酒革命』を起こしたいのです」。


「長州ファイブ」という言葉は少々大げさなかもしれない。ただ、地域の人たちがそれぞれ「革命」を起こす気概がないと、人口減少という荒波を乗り越えることができない。これまでの価値観は通用しない時代に突入したのだ。


トップ写真:アルマーニホテルのセラーに並ぶ夢雀


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