市再建の陰に「流しの公務員」
Japan In-depth / 2019年8月7日 11時0分
メンバーは、無作為で抽出した市民が中心だ。それには理由がある。「わざわざ手を挙げて参加する市民は、そのテーマに精通して思い入れが強かったりします。そうではなく、普通の人の意見を聞きたかったのです。市民会議は、地方自治法にはない制度ですが、意思決定プロセスに住民が参加するのは重要です」
行政の意思決定への住民参加の手法としては、審議会などに「市民公募枠」を設ける自治体が多いが、山田はそうしたやり方にも限界を感じていた。「市民といっても、固定化された人物になりがち。一般的な民意とズレるリスクもある」。
「100人会議」は2011年5月から毎月1回開催した。会場は公開し、メディアの記者も駆けつけた。
当初、多くの市民委員が「新病院建設反対」だった。常滑市の財政のお荷物の市民病院は不要という考えだ。このため、病院職員には厳しい見方が多数だった。ところが、市民、病院、市役所が議論を進めるうちに、想定外の変化が起きた。
病院には、懸命に働いている医師や看護師も少なくない。山田は、「100人会議」では、あえて、こうした病院職員に発言の機会を与えた。副院長は、当直明けも病院で勤務している実態を告白した。また、看護師は「24時間365日断らない救急体制」がモットーだと話した。さらに、患者に対する不満も出た。いわゆる「コンビニ受診」だ。わざわざ時間外に病院を訪れ、風邪薬をもらって帰る患者もいるという。
こうした議論を続けると、「100人会議」の雰囲気が変わった。市民委員の中で、「どうしたら市民病院は存続できるのだろうか」「私たちが病院を支えていこう」などの声が上がるようになった。
会議は5回開かれ、「経営改善を前提に新病院を建設しよう」となった。
市民病院の経営は急速に改善した。収入は大幅に増え、年間の赤字額は大幅に減った。ピーク時には15億円の資金不足があったが、2014年度には14億円の貯金ができた。
▲写真 病院の中の山田朝夫さん 出典:著者提供
常滑市民病院は結局、2015年4月に竣工した。その翌日、山田は副市長の辞表を提出した。問題解決の後、さっと仕事から身を引く。それが「流しの公務員」の流儀だ。
2017年3月、再び常滑市副市長に就任した。今回の仕事は、市役所の庁舎問題。耐震改修か新庁舎建設か。さらには建設するなら、どこで造るか。
山田はここでも市民会議方式を採用した。無作為抽出した市民を中心に自由討議する。「『結論ありき』にならないよう、市側はあらかじめ方向性を示しませんでした」。
議論の末、市民病院に隣接する土地に新庁舎を建設することになった。有利な交付税制度を活用し、2020年度までに完成予定だ。
ところで、私は山田の案内で、新たな常滑市民病院を訪れた。一歩踏み入れた瞬間、建物の中の明るさに驚いた。エントランスは吹き抜けの広い空間だった。
緑のエプロンをした人が目についた。彼らは市民ボランティアだ。外来患者の案内係をやったり、庭の掃除をしたり、包帯巻きの手伝いをしたりする。130人が登録しており、病院内にボランティア室もある。
「100人会議」で市民を巻き込んだからこそ、こうしたボランティアが多いという。
この病院こそが、「民主主義の学校」のシンボルといえよう。
トップ写真:常滑市民病院 出典:著者提供
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