日本外交の診断 兼原元国家安全保障局次長と語る その1 歴史戦が苦手な日本外務省
Japan In-depth / 2022年3月26日 19時0分
古森 他方、日本の対中姿勢はまだまだ弱腰です。今国会で採択された対中非難決議では「中国」「人権侵害」といった言葉が削除された。やはり多くの政治家は中国を恐れる、あるいは忖度(そん たく)しすぎて、中国のイヤがる政策はもちろん、言葉の表現さえできないようです。
私はこれまで、そんな親中、媚中の傾向を批判する記事を書いてきましたが、問題は政治家と官僚の両方にあるのではないかと改めて感じます。外務省出身の兼原さんに聞きたいのは、今回の佐渡金山の問題にしても、中国側が南京大虐殺のようなデタラメなプロパガンダを発信しても、なぜ外務省はまともに反論できないのか。
兼原 外務省は安全保障面ではタカ派ですが、歴史問題ではリベラルでしたから歴史戦は得意ではないんです。
また、各国に駐在する外交官は、現地政府高官と毎日のように付き合わなければならない。相手国政府を怒らせてしまえば、情報も取れなくなるし、個別案件処理の交渉も難しくなる。そうなると外交官は仕事にならない。外務省は基本スタンスとして歴史戦をしたくないのです。看護師が兵士になれないのと同じです。
古森 取材先に嫌われると情報が取れなくなる、われわれ新聞記者と似ていますね。しかし、ことは日本全体の国益です。
兼原 中国には、統一戦線部や党宣伝部というプロパガンダ専門の強力な組織が別途あります。巨額の予算と世界中に広げたネットワークを使って、物量作戦でキャンペーンを張ります。また、歴史問題はそもそも日本発のものが多い。
特に韓国との歴史戦では、シニアになった日本の左翼「知識人」が、壮年で男盛りになった韓国左翼陣営に史料を渡して、歴史闘争を引き継ごうとしているようです。韓国左翼は80年代に生まれましたから、日本左翼より20年は若い。特に朝鮮半島は、戦前は日本の一部だったので、内務省の管轄で、外務省には植民地統治時代の史料がないという問題があります。
▲写真 元慰安婦と面会する文在寅韓国大統領(当時)2018年1月4日、韓国大統領府 出典:Photo by South Korean Presidential Blue House via Getty Images
古森 いや日本側でも史料は官民両方に豊富に存在します。政府の代表がそれを総合的に集めて、中国や韓国に反論するという作業自体はそんなに難しくはないでしょう。
問題は戦後の日本外交の基本的スタンスにあると思います。日本の外務省はこと第二次世界大戦に関する、いわゆる歴史問題では、中国や韓国からいかに事実に反する非難を浴びても一切、反論しない。事実のミスの指摘さえもしないという基本姿勢を保ってきました。全方位外交などと称して、どの国とも言葉のうえでも争わないという姿勢です。
この姿勢の理由は、まず第一に日本が敗戦国だということ、第二には戦争についてはとにかく自国が悪いのだという過剰な贖罪(しよく ざい)意識です。第三には戦後日本の国のあり方そのもの、憲法の前文にある自国の安全保障は他の諸国の「公正と信義」に依存するという異様なほどの消極性の反映でしょう。
(その2につづく)
**この対談は月刊雑誌WILLの2022年4月号からの転載です。
トップ写真:習近平中国国家主席と安倍晋三首相(当時)2019年12月23日、中国・北京 出典:Photo by Noel Celis - Pool/ Getty Images
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