陰謀説の危険 その4 ドレフュス事件の映画にみる反ユダヤ主義
Japan In-depth / 2022年6月7日 11時0分
ところがその後、新たに陸軍参謀本部情報部長となったジョルジュ・ピカール中佐がこの事件の証拠に疑問を抱き、再捜査したところ、唯一の証拠とされた手紙は実はフランス陸軍の別の将校、フェルディナン・ヴァルザン・エステラジー少佐によって書かれた事実を発見した。その結果、1899年にドレフュス元大尉への再審が開かれる。
このプロセスでは再審に反対する軍部と新証拠を理由に再審を求めるピカール中佐、そしてその主張に同調した国会議員多数が激突し、文字どおり国論を二分する騒ぎとなった。無罪を唱える側には文豪のエミール・ゾラもいて、ゾラの「私は糾弾する」というタイトルの大報告書がフランスの大手新聞でも大々的に報じられた。
画像)エミール・ゾラのポートレート
出典)Photo by Fine Art Images/Heritage Images/Getty Images
再度の裁判はドレフュス元大尉の無罪を確定した。1906年だった。なんと同元大尉の逮捕から12年後の無罪の証明だった。この間、カトリック教徒の多いフランスではユダヤ人への反感が強く、その悪意がドレフュス事件の捜査や審判を負の方向へ大きく押したことも、再三、印象づけられた。だがドレフュス元大尉は完全に無罪だと判明した。
以上のような事件の経過が映画ではわかりやすく、ドラマチックに描かれていた。国際情勢のなかでの「ユダヤ」という言葉がいかに波乱を呼び、偏見や弾圧をも招きかねないかの歴史上の証明だったともいえよう。ユダヤ民族への特定の心情がいかに悪しき弾圧につながるかの実例でもあった。ユダヤの陰謀説にはこんな重大な陥穽がある、ということだろう。
このドレフュス事件の展開はフランスはじめヨーロッパではちょうど世紀の反ユダヤの捏造文書「シオン賢者の議定書」が出回り始めた時期でもあった。この捏造文書についてはこの連載の「その2」で詳しく報告した。
だから国際情勢を語るときに、簡単に「ユダヤ勢力の陰謀だ」などと言うなかれ。その種の断定は往々にして客観的な証拠はなく、ユダヤ人をひとくくりにして、悪意のレッテルを貼る憎悪の錯誤、というような場合が多いのである。そんな錯誤はこの映画が正面から取り上げたドレフュス事件でも暴露されているのだ。
(つづく。その1,その2,その3)
トップ画像)ドレフュス事件、アルフレッド・ドレフュス(1859-1935)の裁判での尋問、レンヌにて - フランスの新聞「ル・ペレラン」1899年の挿絵。
出典)Photo by Stefano Bianchetti/Corbis via Getty Images
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