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出雲大社「復活」の裏に“よそ者”と市役所 「高岡発ニッポン再興」その13

Japan In-depth / 2022年6月30日 11時0分

「出雲大社に昔から憧れ、神門通りを再び賑わいを取り戻したいと思いました」。そして仲間を誘って「神門通り蘇りの会」を作ったのです。


田邊さんらはまず情勢の分析を行いました。出雲大社境内の横に駐車場ができたため、参拝客は、車やバスで乗りつけ、滞在時間が極めて短くなったのです。田邊さんは独自に、観光客を数え、動向を調べました。改めて認識したのは、若い女性客の多さです。


「縁結びの神様ということもあり、若い女性が多く来ていた。彼女らは、何かおいしいモノを食べようとしていた」。


そこで新たな観光の「核」を探しました。たどり着いたのは、ぜんざいです。「東北大学の図書館でぜんざいの発祥の地は出雲だという文献を見つけたのです」。


その後、田邊さんは、「日本ぜんざい学会」を立ち上げ、神門通りに甘味処「日本ぜんざい学会壱号店」を出店しました。今では、神門通りの多くの食事処で、ぜんざいが売られており、若い女性に大人気です。


それでは、なぜ街並みが統一されたのでしょうか。出雲市市役所が、田邊さんたちの動きに、後方支援したのです。具体的には、2010年からワークショップを開き、専門家を交えと話し合いの場をもうけたのです。そこで、店舗の看板の大きさや色合い、それに外観の色彩などを統一するルールを作ったのです。


出雲市は財政面でも、支援しました。店舗の修繕費用について、200万円を限度に対象経費の3分の2を助成しました。2010年には景観がバラバラな店が22店でしたが、今では統一された店が80店に急増したのです。


観光客は例年250万人ほどでしたが、2013年には、800万人を超えました。コロナ前までは600万人ほどを維持しています。


私はたまたま遷宮があったからだと気軽に考えていたが、取材してみて、危機感を募らせて奮闘した男に感銘を受けました。


田邊さんは、日本で最も古い歴史を持ち、変化を最も好まない土地柄で「再生」を成し遂げたのです。そして、それには、出雲市役所も支援しました。地域住民と行政の二人三脚こそが、地域を再生させるのです。



写真:出雲大社の参詣道


出典)本人撮影


 


 


トップ写真:出雲大社 出典)本人撮影


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