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ブッシュ政権末期の過ちを繰り返すな—対北朝鮮政策

Japan In-depth / 2022年10月5日 23時0分

▲写真 左からラムズフェルド国防長官、ジョージ・W・ブッシュ大統領、チェイニー副大統領(2006年12月15日 米・バージニア州) 出典:Photo by Charles Ommanney/Getty Images


その間、ブッシュ大統領が対北政策を委ねたコンドリーサ・ライス国務長官とクリストファー・ヒル国務次官補のコンビが、交渉による北の非核化を掲げて、金融制裁解除を始めとする対北宥和政策を次々打ち出し、歯止めなき有様となった。


ラムズフェルドの後任の国防長官にはロバート・ゲイツが就いた。


ゲイツはブッシュ・シニア政権時に大統領安保副補佐官を務め、その下でソ連専門官として働いたライスとは盟友かつ親友と評される間柄だった。ライスは、ゲイツ国防長官という人事を聞いて興奮し、「喜びを抑えきれなかった」と述べている。


ラムズフェルドなら、チェイニーと組んで、ライス・ヒルの対北宥和政策に強力に対抗しただろうが、ゲイツが異論を唱えたという記録はない。







▲写真 ライス米国務長官とクリストファー・ヒル国務次官補(2006年1月18日 東京) 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images


ライスは回顧録に次のように書いている。


2007年1月中旬、ベルリン滞在中のライスの部屋に同地で米朝協議に当たっていたヒルが「明らかに興奮した」面持ちで飛び込んできた。


北朝鮮側代表が、金融制裁解除と引き替えに核凍結を行うという「本国の訓令以上に踏み込んだ」案を示してきた、相手は翌日帰国する、すぐに回答したいというのである。ライスは急遽ブッシュに電話を入れ、「大統領、この問題を大きく動かすチャンスです。しかし、明日になればこのチャンスは消えてしまいます」と強く受け入れを促した。


もし実際に、独裁者金正日の指示を越えた譲歩案を提示したのなら、その人物は帰国後直ちに収容所送りか処刑だろう。北の定番の揺さぶり作戦に米高官が嬉々として嵌まっていく様に驚きを禁じ得ない(Condoleezza Rice, No Higher Honor, 2011)。


このエピソードの翌月、アメリカは実効の上がっていた対北金融制裁を解除した。


結局、「圧力は対話を阻害する」と考えるライス・ヒル路線は、無原則に制裁を緩和して北の体制を生き延びさせ、拉致問題の解決を阻害して、核ミサイル開発を加速させる歴史的な失敗に帰結した。


北は核実験の実施で、さらに米側を揺さぶる構えも見せている。岸田政権はバイデン政権に対し、ブッシュ政権の轍を踏まぬよう、早め早めに釘を刺していかねばならない。


トップ写真:北朝鮮・金正恩総書記(2019年) 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images


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