土光敏夫に学ぶ「利他の心」⑧夜行列車でピストン往復
Japan In-depth / 2023年10月17日 21時0分
出町譲(高岡市議会議員・作家)
【まとめ】
・土光敏夫、終戦翌日からは復興にモードを切り替えた。
・土光の復興にかける執念はすさまじかった。
・トップの姿勢は、従業員のやる気に直結する。
私は東日本大震災の直後に「清貧と復興 土光敏夫100の言葉」(文藝春秋)を出版しましたが、当時の日本は、自信を喪失したムードが漂っていました。終戦直後とそっくりだという指摘もありました。こんな雰囲気を打ち破るためには何をすべきか。私は終戦の時の土光敏夫の姿を調べました。
昭和20年8月15日当時土光は、石川島芝浦タービンという会社の幹部でした。就職して入った石川島造船所の子会社です。土光は、ラジオで終戦の詔勅を聞いた後、従業員には「一晩よく眠って、これからどうすべきか考えて明日から出社するように」と呼びかけました。その後、鶴見駅から自宅までを徒歩で歩いたのです。玄関につくと、腰を落として妻の直子にこうつぶやきました。
「あ、戦争が終わったよ」。虚脱感でいっぱいでした。しかし、現実をみると、石川島の鶴見工場もあった京浜工業地帯は爆撃で破壊されていました。翌日からは復興にモードを切り替えたのです。
まずは、従業員を生活できるようにするのに懸命でした。石川島芝浦タービンは敗戦で軍からの仕事がなくなり、厳しい経営環境に置かれていたのです。
戦後の混乱期。従業員の生活を守るための仕事を探しました。石川島芝浦タービンという社名が示すように基本的には「タービン」のメーカーなのですが、終戦直後は、なんでもありでした。それが野田醤油の球形タンクだったり、発電所の修理だったり。さらには、鍋や釜の製造の仕事も手掛けたのです。土光の戦後処理は、仕事を選ばず、従業員の生活立て直しに全力を傾けることでした。
終戦の昭和21年4月に石川島芝浦タービンの社長に就任しました。49歳の時です。戦後の公職追放で、上層部が抜けたため、ポストが回ってきた。ちょうどこのころ、入社した稲葉興作(のちにIHI社長、日本商工会議所会頭)は「同期で3人入社したのですが、土光さんから訓示を受けました。『日本は今大混乱におちいっているが、日本人みんなで努力すれば、この国は立ち直る。君たち一生懸命やれ。これからはエネルギー産業が大いに発展する』。その時にはピンときませんでしたが、やはり先見性がありました」と思い出を語っています。
当時の日本は超インフレ。厳しい環境下で経営再建のため、全身全霊を尽くしました。復興にかける執念はすさまじかったのです。
石川島芝浦タービンの鶴見の本社工場と松本工場を、土光は、ピストン往復しました。その際、利用したのは、たいてい夜行列車でした。朝到着すると、すぐに仕事に取り掛かりました。当時の列車はすし詰め状態です。網棚やデッキに乗客がぶら下がっていました。命がけの旅行でした。土光は立ったまま寝ることも多かったのです。同社の幹部は「立ったままよくも睡眠が取れたと思う。獅子奮迅の活躍とは、あの頃の土光さんだった」と語っている。その奮闘ぶりは、敗戦でショックを受け、食事も満足に取れなかった従業員を大いに励ましたといいます。
やはりトップの姿勢は、従業員のやる気に直結するのですね。それは、今も昔も変わりません。
トップ写真:東京の街並み(1951年)(本文とは直接関係ありません)
出典:Bettmann / Getty Images
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