グローバルなパワーシフトの起点になった天皇訪中
Japan In-depth / 2023年12月21日 21時0分
今回解禁された極秘外交文書を読むと、1992年の両陛下訪中が歴史的意義を持っていたことは間違いない。だが、出演前にざっと調べた限りでは、今回の文書公開に関するマスコミ各社や識者の記事・評論はいずれも日中「二国間関係」に焦点を当てたものばかりでどこか「物足りない」、というのが筆者の本音である。
中国が陛下訪中の機会に天安門事件後の国際的孤立脱却を狙ったのに対し、日本側も歴史問題等で揺れた日中関係の(完全修復は無理にしても)一定の改善を狙ったこと、当時の宮沢総理が「慎重」だったことは事実だろう。しかし、この歴史的事件をよりグローバルな視点から見ると、これとは違う戦略的意義付けも可能だ。
両陛下訪中が議論・実施された1991-2年は、欧州でソ連が崩壊し、中東で湾岸戦争が勃発し、アジアでは米軍がフィリピンから撤退し、中国が南シナ海や尖閣諸島を含む海域の領土主権を定めた「領海法」を制定した時期に当たる。ここから見えてくる構図は、日中二国間関係をはるかに越えたグローバルなパワーシフトであろう。
そうだとすれば、当時米国の戦略家たちは、冷戦でソ連に勝利し、米外交の優先順位が欧州から中東に移りつつある中で、中国を安定させるため対中投資を拡大し、中国を豊かにすることで市民社会が生まれ民主化が進むことを期待しつつ、強大化する前に中国を取り込んでしまおう、と考えていたのではなかろうか。
こうした戦略は対中ビジネスに関心を持った日米欧企業の利益にもなったため、90年代初頭から、西側は対中経済制裁を徐々に解除し、対中投資を拡大していった。その先駆けとなったのが陛下の訪中ではなかったのか。そうだとすれば、こうした政策は当時の多くの政策決定者にとって妥当な外交政策判断であったとは思う。
しかし、今振り返ってみると、1990年代の段階で対中投資、技術供与、貿易拡大をあれほど急激に拡大したことは正しかったのか。中国が安定した民主国家に生まれ変わったかといえば、結果は真逆だった。改革開放で得た利益を中国は市民社会ではなく、国防と治安の強化に投資したため、今や中国は軍事大国になってしまった。
だとすれば、1990年代の西側の対中戦略は結果的に大失敗に終わり、現在は当時の戦略的失敗のツケを払いつつあるのではないか。筆者の疑問はここに収斂する。もしこの分析が正しければ、陛下の訪中は、日中関係だけでなく、こうしたグローバルなプロセスの起点になったという意味でも歴史的な意味を持つだろう。
宮沢総理は外務大臣を長く務めた聡明な政治家であり、こうしたグローバルな視点も持ち合わせていたのではないか。そうだとすれば、同総理の「慎重さ」は戦略的な判断に基づくものであり、決して「度胸がない」からでも、「ふらふら」していた訳でもなかった可能性がある。但し、これに関する外交文書は残っていないかもしれないが・・・。
今週も時間の関係でコメントはこのくらいにさせて頂こう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:明仁天皇の中国公式訪問 1992年10月24日
出典:Jacques Langevin/Sygma/Sygma via Getty Images
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