時間旅行は一方通行?(上)「タイムトラベル論争」も時間の問題?その2
Japan In-depth / 2024年6月24日 21時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・技術の力で時空を越えるという発想が初めて登場するのはH.G.ウェルズが『タイムマシン』という小説を世に問うた時。
・アインシュタインの相対性理論に従うなら、速く移動すればするほど時間の流れは遅くなり、光速で移動したならば時間の流れは止まることになる。
・同理論で示された、重力場が時間の流れと関係してくる、という命題は、GPSで実証されている。
クドカンこと宮藤官九郎氏が脚本を書いたドラマが好きだ。
なにしろNHKでは、連続テレビ小説=世に言う朝ドラ(2013年上半期『あまちゃん』と、大河ドラマ(2019年『いだてん 東京オリンピック噺』の両方を手がけた、ただ一人の脚本家である。
前にも本連載で取り上げたことがあるが、強面のヤクザ(長瀬智也)が、粋で面白い男になりたいと、強引に落語家(西田敏行)に弟子入りする、という設定の『タイガー&ドラゴン』(2005年)は、放送から20年近く経つのだが、もう好きで好きで見逃し配信やらなにやらで、何度見たことか。
そして今年初め、TBS系金曜ドラマ枠で『不適切にもほどがある』が放送された。「ふてほど」と称されて人気を博したので、ご覧になった読者もおられるのではないだろうか。
時は1986(昭和61)年、東京・葛飾区立の中学校で体育教師を務める小川市郎(阿部サダヲ)は、野球部の顧問でもあり、緩慢なプレーをした部員には即「尻(ケツ)バット」というスパルタ教育を実践している。
一方プライベートでは、妻に先立たれ、高校2年(=17歳)の娘と二人で暮らすシングルファーザーでもあった。
そんな彼が、勤務先からの帰路、たまたまいつもの路線バスに乗ったところ、38年後の2024年にタイムスリップしてしまう、という設定。
つまり、過去から現代へと時空を飛び越えてやってきたわけだが、令和の日本における彼の言動は、とかくコンプライアンスに引っかかる「不適切」なものばかり。そこから引き起こされるドタバタがとにかく面白いのだが、笑いながらも、はて、どんな形態の表現であれ、法規や倫理観(コンプライアンスの本来の意味)でがんじがらめの世に中は、本当に正しいのだろうか、という問いが投げかけられていることに気づかされる。いよっ、さすがクドカン!
たとえば、主人公が行きつけの喫茶店にカラオケを設置し、昭和の時代に流行った歌を皆で歌うシーンがあるが、
「ヴァージンじゃつまらない」
などという歌詞のある『セーラー服を脱がさないで』(おニャン子クラブ・1985年)を主人公らが合唱して盛り上がるのを見た、やはり昭和の時代からやってきたフェミニストの社会学者(吉田羊)が、ため息交じりに
「コンプライアンスがどうとか、言う気も失せるわ」
と呟くのには笑った。
1985年に公開された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画もそうだが、時代が30年ほどずれただけで、世の中の風俗や価値観といったものは、ずいぶん違ってくる。当たり前のことのようだが、あらためて映画やドラマに描き出されると、新鮮な驚きがあると言えばよいか。
技術の力で時空を越えるという発想が、初めてフィクションの世界に登場するのは19世紀、具体的には1895年に英国の作家H.G.ウェルズが、そのものずばり『タイムマシン』という小説を世に問うた時である。
人間が生み出した技術の力ではなく、超自然現象として時空を飛び越えてしまうという話は、世界各地に伝わっているようだ。わが国でも「浦島太郎の玉手箱」説話は、タイムスリップ現象なのではないか、と見る向きがある。
現在の沖縄に漂着して、時の経つのを忘れて暮らした漁師の話が「盛られた」に過ぎない、と見る向きもあり、私個人としては、こちらの方が説得力があるように思うけれども笑。
この点ウェルズの小説は、線の移動だけが可能な「一次元」、平面だけが可能な「二次元」、我々が暮らす、空間を移動できる「三次元」の他に、時間という「第四の次元」が存在し、技術の力でその「時間という次元」を移動することが可能になる、という発想に基づく。
そのタイムマシンの力で、遠い未来(西暦802701年!)に到達したタイム・トラベラーが目にしたのは、一握りの有閑階級と、彼らに支配されて地下での生産活動を強要される労働階級とに分化している社会であった。
これは、19世紀に台頭してきた社会主義思想に傾倒していたウェルズが、産業革命期の階級構造がこのまま「進歩」したならば……という発想でもって描いた未来世界であるとされ、そのせいかどうか、その後各国で発表された社会小説やSF(サイエンス・フィクション=空想科学小説)に少なからず影響を与えはしたものの、彼の世界観が広く受け容れられたとは言い難く、タイムマシンという発想それ自体も含め、空想の産物に過ぎない、というに近い受け取られ方をしていたようだ。
ところが20世紀になって、またもや状況が大きく変わった。
ドイツ系ユダヤ人の物理学者アルベルト・アインシュタインが、1905年に「特殊相対性理論」、1915年から16年にかけて「一般相対性理論」を発表したのである。
アインシュタインによれば、時間の流れというものは絶対的=いつでもどこでも一定なのではなく、観測する場所や諸条件によって変化する相対的なものに過ぎない。唯一不変なのは光の速さだけだ、とも彼は述べたが、近年この点については疑義が噴出しているとも聞く。
ただ、アインシュタインの理論に従うならば、速く移動すればするほど時間の流れは遅くなって、光速で移動したならば時間の流れは止まることになる。
そうであるならば、光速で宇宙空間に飛び出し、100年後なら100年後に戻ってきたならば、自分だけは年を取ることなく未来の世界を見ることができるわけだ。
これを時間旅行と表現してよいかどうかは、議論の分かれるところではないかとも思うが、時空を越えることが可能か不可能かという論点に絞るならば、それは可能だということになる。
また、一般相対性理論で示された、重力場が時間の流れと関係してくる、という命題は、かなり身近なところで実証されているのだ。
GPSがそれで、ご案内の通り衛星からの位置情報を受信するシステムだが、問題は、宇宙空間と地表とでは時間の進み方が異なるため、修正が必要だということである。
1日当たりわずか38マイクロ秒(1マイクロ秒は1000分の一秒)の差であるが、この時間差を放置しておくと、地上で受け取る位置情報は、最大1キロメートルほどもずれてしまう。
もちろん、現実のGPS衛星の時計には、このズレを修正する機能がちゃんと組み込まれているわけだが、そこに相対性理論が寄与しているというのは面白い。
次回、タイムトラベルという発想がそうして魅力的なのか、もう少し掘り下げる。
(続く。その1、)
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