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タイムパラドクス問題の現在(下)「タイムトラベル論争」も時間の問題?最終回

Japan In-depth / 2024年7月2日 11時11分

タイムパラドクス問題の現在(下)「タイムトラベル論争」も時間の問題?最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)


林信吾の「西方見聞録」


【まとめ】


・学術的な領域において、パラドクスは可能ではないかと言われるようになった。


・しかし、未来のモノが登場しても歴史は変わらないだろう。


・誰かがタイムスリップしても歴史は変えられないと、学術面で証明されてほしい。


 


 シリーズ第2回で紹介した『不適切にもほどがある』というドラマでは、タイムパラドクスが大きなテーマになっている。


 主人公の昭和を体現する体育教師(阿部サダヲ)は、令和にタイムスリップして、TV局で働くシングルマザー(仲里依紗)と知り合う。最初、彼女のビールを横取りして呑んでしまい、キレられるのだが、なぜか次第に惹かれ合う感じになる。ついにはエレベーターの中でハグだかキスだか、少々ややこしいことが起こりかけるのだが、その瞬間、二人ともTVの罰ゲームのような電流に撃たれ、はじかれるように離れてしまう。


 これはもしかして……と訝る主人公。


 実はタイムマシンを発明した昭和時代の教え子から、原理は分からないのだが、タイムパラドクスを起こそうとすると「ビリビリっと来る」抑止力が働くと聞かされていたのだ。


 物語が進むにつれて、渚という名のシングルマザーは、タイムスリップする前の時点=昭和の世ではまだ女子高生だった娘が産んだ子で、すなわち自分の孫娘だということを知る。


 それもひとつのきっかけとなって、1986(昭和61)年以降の自分と娘の足跡について、繰り返し渚に質問する。そして最終的には、1995(平成7)年1月7日の阪神淡路大震災で娘ともども落命する運命にあることを知ってしまう。


 煩悶する主人公。


 「俺はいいよ。やりたいこと大体やってきたから。でも、あいつ(娘)はまだ28で……」


 どうして阪神淡路大震災なのかと言うと、昭和の時代にあって当時の言葉で言うツッパリ少女だった娘は、その後一念発起し、猛勉強の末に青山学院大学に合格。ところが折からの「女子大生ブーム」のせいで芸能界とつながりができ、ついにはディスコの従業員と駆け落ちしてしまうが、その彼の実家が神戸の仕立屋だった、というネタバレ御免の経緯があった。


 なので、ビリビリっとこようが委細構わず、その駆け落ちを阻止してしまえば……と考えるのだが、


 「そうなると渚っち(孫娘の呼び名)も生まれてこなかったわけだし」


 という考えに至り、娘にもその運命を教えることはするまい、と決心する。今やりたいことをやるのが、真に幸せなのだから、と。


 これは言うなれば、個人の判断でタイムパラドクスを回避した、というストーリーだが、学問的な領域においても、「タイムパラドクスは、そもそも起き得ないのではないか」と考えられるようになってきている。


 昨今よく言われるのは、


 「2019年にタイムスリップして、新型コロナの最初の感染者を首尾よく隔離してしまえば、パンデミックは起きなかったのではないか」


 という命題である。カッコの中だけをざっと読んだ限りでは、(理論上はその通りかも知れないが)などと思えてしまうが、少し考えてみれば、いや、賢明な読者はすでにお気づきではないだろうか。この命題自体が、大いなる矛盾をはらんでいるのである。


 パンデミックが起こらなかったとすれば、2019年にタイムスリップする動機を持つ者など、ただの一人もいないのではないか。


 幕末の動乱期に、幕府側に機関銃を与えたら……という命題は繰り返し紹介させていただいたが、現実の戊辰戦争でも、薩長に攻められた越後長岡藩が、機関銃の原型と言うべきガトリング・ガン(当時は世界的にも希少な存在だった)を実戦に投入している。しかし、勝敗を覆すことなどできなかった。


 『ジパング』という劇画(かわぐち・かいじ著 講談社)は、海上自衛隊のイージス艦がアジア太平洋戦争のまっただ中にタイムスリップする設定だが、これも講和に持ち込むのが精一杯、という結果になっている。


 物理学の世界においては、今も色々な人が色々なことを言っていることは、シリーズを通じて紹介させていただいた通りだが、私のような「ド文系人」に言わせれば、徳川幕藩体制も大日本帝国も、滅びるべくして滅んだに過ぎないので、たとえ「未来の兵器」が登場したとて歴史の歯車を逆に回せるものではないだろう。


  第一次世界大戦中にタイムスリップして、ドイツ帝国軍の伝令兵だったアドルフ・ヒトラー伍長を斃してしまえば、第二次世界大戦もホロコーストもなかったのでは……というのも同様。


 彼は、たしかに卓越したアジテーター(扇動者・雄弁家)ではあったが、政治経済が混乱の極にあった、第一次世界大戦後のドイツに生きたからこそ、独裁者になりおおせたのだと、私は長きにわたって考え続けてきた。


 2015年に公開された『帰ってきたヒトラー』というドイツ映画は、1945年5月にベルリンの総統地下壕で自決したはずの彼が、2014年にタイムスリップしてくる、という設定。なんと、このヒトラーはものまね芸人だと思われ、TVで人気者となってしまうのである。


 ここまでなら、単なるタイムスリップもののパロディなのだが、本国ドイツでは、冗談がきつすぎて笑えない、との評価も結構聞かれたようだ。


 たとえば、TV生放送で彼の演説を聞いたスタジオの若者が、最初は笑っていたのに次第に真剣に聞き入るようになるシーン。さらには、それを見たユダヤ人の老婦人が、


「あの時(現実のヒトラーが台頭した時代)も、最初はみんな、ああやって笑ってたのよ」と呟くシーンなど。


 私がこの情報に接して思ったのは、ことによると製作者は、将来に希望を持てない若者が増え、強いリーダーを求める気風が強まる世相に、本当に危機感を抱いているのかもしれない、ということであった。


 前述のように、2014年にタイムスリップしてきたヒトラーは、お笑い芸人として扱われるのだが、だから政治家として大成する見込みなどない、とは誰にも言えまい。


 ウクライナのゼレンスキー大統領が、もともとお笑い芸人であったことは有名だし、わが国でも、来たる都知事選で有力候補と目される二人の女性は、キャスターやタレントとして活動をした経歴を持っている。


 だからこそ、タイムスリップした誰かが歴史を変えることなどできない、ということが学術的に早く証明されてほしい。


 これまた「ド文系」の発想かも知れないが、本当にその照明を成し遂げた人には、ノーベル物理学賞に加えて、平和賞を同時に授与してもよい、とさえ思うのである。


(終わり。その1,その2,その3,その4)


トップ写真:イメージ


出典:iStock / Getty Images Plus


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