【エンタがビタミン♪】故・立川談志さん、長寿番組『笑点』も提案した“名プロデューサー”ぶりを振り返る。

TechinsightJapan / 2014年11月21日 11時15分

「落語とは人間の業の肯定である」これは、故・立川談志さんの生前の名言だ。11月21日、そんな談志さんが亡くなってから3年を迎えた。今回は、落語家としてではなく、名プロデューサーとして談志さんが遺した功績の数々を振り返ってみたい。

10月30日深夜放送の『ゴロウ・デラックス』(TBS)に毒蝮三太夫が出演し、故・立川談志さんが自分の芸名を決めてくれた時のことを述懐した。1966年に放送された『ウルトラマン』の中で、アラシ隊員役を演じて人気を博した際、彼は本名の「石井伊吉」で活動していた。

それから、2年が経った1968年。親友の談志さんから「お前は、普段喋ってるのが面白いから、寄席の方の仕事もやれよ」と言われた際、毒蝮は「いや、でも『ウルトラマン』が…」と答えたそうだ。

すると、談志さんは「(それなら)名前を変えればいいじゃないか」と言って“怪獣にも負けないほど強くて、一度聞いたら忘れない名前にしよう”との思いで、毒蝮三太夫と命名したのだという。毒蝮は「こんな名前になるとは思わないよね?」と笑いながら話した上で、今は亡き談志さんを以下のように評した。

「アイツがいなかったら、今、俺はここに座ってない。やっぱり(談志さんは)名プロデューサーだったね」

思えば『笑点』を立ち上げるキッカケを作ったのも、談志さんだった。1965年に出版された著書『現代落語論』(三一書房)内に収録されたコラム「テレビ落語」では、テレビで落語を見せる難しさを自身の経験を交えて書いた上で「誰かテレビにおける落語の演出を考えてください」とお願いしていた談志さん。その問いに自ら答えを出すべく、談志さんはお題と回答が繰り返される「大喜利」で落語を表現する道を選んだ。

2000年出版のムック本『笑芸人VOL.2』(白夜書房)の中で、談志さんは「『笑点』は俺がTV局に持ち出した話(アイディア)なんです」と明かしているが、その意図については次のように綴っている。

「俺の功績は、落語家の欠点というか、最もテレビ的でないところをテレビ的に生かしたところでしょうね。大喜利なら、座っててすむし、一人称でしゃべってもウケる(中略)あれは、俺の作った一つの落語なんですよ」

そんな経緯でスタートした『笑点』も、今年で放送開始から48年を迎えた。2011年12月6日放送の『視点・論点』(NHK)で、コラムニストの堀井憲一郎氏が出演した際のタイトルは「談志死して“落語”を残す」であったが、談志さんが生前に見せてくれた“名プロデュース”の数々も、亡くなってから3年が経った今でもなお光り輝いている。
(TechinsightJapan編集部 TORA)

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