ドラギ前ECB総裁、EUの競争力強化に向けた報告書を発表、巨額のEU共同債発行を提言(EU)
ジェトロ・ビジネス短信 / 2024年9月19日 0時40分
イタリア前首相で欧州中央銀行(ECB)総裁を務めたマリオ・ドラギ氏は9月9日、「欧州の競争力の未来」と題する報告書を発表した。報告書は、戦略分野におけるEUの地位低下の原因を特定し、即座に実施可能な政策を提示しており、EUの新たな産業戦略の在り方を示すものとなっている。欧州委員会の今後の政策(2024年7月30日記事参照)を占う上で重要な資料になるとみられる。
報告書はまず、EUの生産性の停滞によりEUと米国のGDPの差が拡大しつづけており、背景にはEUのテック産業が米国に大きく後れをとっていることが挙げられると指摘。クラウドコンピューティングなどEU企業には既に勝ち目のない技術もあるものの、人工知能(AI)、特に生成AIなどの発展途上の分野においてはEU企業にも主導的地位を築ける可能性があるとした。今後は産業界でのAI活用による生産性の飛躍的な向上が見込まれることから、自動車、先端製造・ロボット工学、エネルギー、電気通信、医薬品などの戦略産業におけるAIの垂直統合を加速させるべきとした。
脱炭素化に貢献するクリーン技術については、EUは研究開発において先行者利益を享受する一方で、技術革新の事業化や製造規模の拡大の段階で失速していると課題を挙げた。例えば、太陽光パネルは既に中国に圧倒され、風力タービンや電解槽でも追い上げられており、現行の政策ではEUの優位性を維持できる保証はないとした。化学品、鉄鋼、ガラス、セメントといった脱炭素化が難しいエネルギー集約型産業については、米国に比べ依然として高いエネルギー価格や脱炭素化への対応コストにより競争力を失っていると指摘。成長戦略であるはずの欧州グリーン・ディールが、このままではむしろ域内産業の空洞化の原因になり得るとの懸念を示した。こうした中で、電力市場改革(2023年12月18日記事参照)の実施や原子力などを念頭に脱炭素化目標の実現に資するのであれば技術を問わないとする技術中立の推進のほか、現地調達要件の必要性にも言及している。
報告書は、こうした課題への解決策として企業の規制負担の軽減と戦略産業への巨額の公共投資の実施を提言する。規制簡素化を担当する欧州委員会副委員長を任命し、増え続ける規制の合理化や重複の解消を進めつつ、各種の報告義務に関しては25%削減を実施し、中小企業に対しては最大50%削減を目指すべきとする。財政支援に関しては、年間で最低7,500億ユーロから8,000億ユーロの追加の公共投資が必要だとする欧州委の試算を引用。財源には、復興基金の先例があるとして、EU名義の共同債を継続的に発行すべきとする。
復興基金という臨時予算であることを条件に合意されたEU名義の共同債を今後も発行すべきとの提言に対し、報告書の発表直後からドイツやオランダなどの倹約派と呼ばれる加盟国から反対の声が上がっている。共同債の発行には全会一致での合意が必要になるとみられることから、実現へのハードルは非常に高い。
(吉沼啓介)
(EU)
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