米政府、WTOの電子商取引テキストに不支持表明、産業界は米国のリーダーシップに警鐘(米国)
ジェトロ・ビジネス短信 / 2024年8月1日 0時45分
在ジュネーブ国際機関米国政府代表部は7月26日、WTOの電子商取引共同声明イニシアチブ(JSI)によって発表された「電子商取引に関する協定に係る安定化したテキスト」に対する声明を発表した。WTO大使を務めるマリア・ペイガン米国通商代表部(USTR)次席代表は、安全保障例外などを巡る課題が未解決で、米国が同テキストを支持するにはさらなる作業が必要との見解を示した。
JSIの共同議長国の日本、オーストラリア、シンガポールは同日、JSIに関する共同声明とテキストを発表していた。テキストでは、JSI参加国による「電子的送信に対する関税賦課の恒久的な禁止」などが定められた(2024年8月1日記事参照)。WTOではこれまでも、電子的送信への関税賦課を禁止していたが、2年ごとの更新が必要な時限的措置で、近年はWTO全加盟国のコンセンサスを得て延長することが難しくなっていた。
ペイガンWTO大使による声明は、今回発表されたテキストに対し、「世界経済にとって重要性が増している分野でWTOの重要な一歩を示すもの」と評しつつも、「米国が共同議長国や参加国に繰り返し伝えてきたように、現在のテキストは不十分で、安全保障例外を含めてさらなる作業が必要だ」と指摘した。また、7月25日の記者会見で、詳細には触れなかったものの、プライバシー保護も未解決の課題だと述べた(米通商専門誌「インサイドUSトレード」7月26日)。
WTOによると、JSIには6月25日時点で91カ国が参加している。しかし、今回のテキストは「各国での協議と検討が続いているため」、米国を含む9カ国・地域が支持しなかった(注1)。USTRは2023年10月にデジタル貿易について国内で議論する「政策的余地」を確保するためとして、JSIで越境データフローなどへの支持を取り下げていた(2023年10月30日記事参照、注2)。一方で、米国商工会議所や連邦議会下院の監視・説明責任委員会が、USTRの判断は一部の議員や特定の団体の意向を受けたもので意思決定プロセスが不透明などとして調査に乗り出す事態に発展しており(2024年6月6日記事、2024年7月16日記事参照)、米国内で意見が集約される兆しはみえていない。また、ペイガンWTO大使が指摘した安全保障例外について、米国は1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品輸入への追加関税措置を、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)第21条の「戦時その他の国際関係の緊急時」に該当すると主張していたが、WTOのパネルがこれを2022年に認定しないと判断したことなどを問題視していた。
なお、今回公開されたテキストでは、越境データフローなどは特段規定していない(政治専門誌「ポリティコ」7月26日)。安全保障例外については、GATT第21 条とサービスの貿易に関する一般協定(GATS)第14条が適用されると記載している。プライバシー保護については、越境データ移転に関する措置を含め参加国のプライバシー保護規則を妨げるものではないとしている。
米国はこれまで、WTOの創設以降、世界の貿易自由化をリードしてきた。全米外国貿易評議会(NFTC)のジェイク・コルビン会長は声明で、ほかの主要経済国が米国抜きで交渉終了を決定したのは「異常」な事態だとした上で、「この発表はハリス・トランプ両陣営にとって、米国のグローバル経済のリーダーシップが欠如した場合に何が起こるかについての『炭鉱のカナリア(注3)』となるはずだ」と警鐘を鳴らした。
(注1)米国以外の国・地域は、ブラジル、コロンビア、エルサルバドル、グアテマラ、インドネシア、パラグアイ、台湾、トルコ。
(注2)USTRはその後、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の交渉でもデジタル経済の協議を先送りするとした。
(注3)まだ起きていない危険な状況を知らせるとの意味。
(赤平大寿)
(米国)
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