時代の流れに逆行する「職場での旧姓使用を認めない」判決
JIJICO / 2016年10月15日 12時0分
時代の流れに逆行する「職場での旧姓使用を認めない」判決
職場での旧姓使用を認めないという判決が投げかけた波紋
東京都の私立学校に勤務する既婚の女性教員が,職場での旧姓使用を認めてもらえずに人格権を侵害されたなどとして訴えていた裁判で,東京地裁は,平成28年10月11日,「職場という集団で職員を識別するものとして戸籍の名字の使用を求めるのは合理性や必要性がある。旧姓の使用は広がっているが,社会に根付いているとまでは認められない。」との理由でこれを退けたようです。
報道内容に顕れた判決理由は,正直にいって理解ができません。
まず,判決では,「婚姻後の旧姓使用は法律上保護される利益」と認めておきながら,「戸籍姓は戸籍という公証制度に支えられており,旧姓よりも高い個人の識別機能がある」として,そのような公益とを天秤に掛け,後者をあっさり優越するものと判断したようですが,他方で,旧姓使用について,「国や自治体の多くが認め,旧姓使用の範囲が広がる傾向にある。女性の社会進出の状況に応じて認めるよう配慮することが望ましい。」との指摘もしているやに聞いております。
国や自治体の多くが旧姓使用を認めているということであれば,そのことにより職場で支障が生じているとの事情がない限り,個人の利益を犠牲にしてまで公益性が優るなどといった判断ができるのか,非常に疑問です。判決の指摘部分は,「原告の言いたいことも,もちろん理解していますよ。」といったアピールに過ぎず,利益衡量の仕方としては緻密さに欠けており,結局のところ,原告の言いたいことは理解できていないということになります。
夫婦同氏性合憲の前提は婚姻前の氏を通称として認めることが前提
時代とともに女性の社会進出が進み,男性と同等の立場で経済活動等をしているにもかかわらず,婚姻の際にはなお96%以上もの夫婦が夫の姓を選択している状況下において,やむなく夫の姓に変更しなければ婚姻できないとなると,「アイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける」ことになってしまい,自由な意思で婚姻することができなくなります。
そして,我が国の民法750条は,「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。」と定め,夫婦別姓を認めていないことから,この規定が憲法に違反するか否かが争われた裁判で,最高裁大法廷は,昨年の12月16日,初めて違憲ではないとの判断を示したところですが,その理由において,「夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得る」といった点を挙げております。
つまり,夫婦同氏制を合憲と解するのは,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているとの前提があるからだといっているわけで,今回の東京地裁判決のように,職場で旧姓使用を認めないのが公益に適っているなどとしてこれを一般化してしまうと,夫婦同氏制を合憲と解する前提が崩れることになります。
東京地裁判決は,この点についての理解がなされていたのか,疑問というほかありません。
女性が活躍する社会実現と反する今回の判決は極めて憂慮すべき事態
ちなみに,この東京地裁判決に対しては,裁判体の構成員が全員男性であったことが影響しているとの指摘もなされています。
上記の最高裁判決では,大法廷を構成した3名の女性裁判官全員が違憲の反対意見を表明していたことを特筆すべきことと捉えておりましたが,この東京地裁判決に対しても同様の指摘がなされるのも頷けるところといえます。
国連の女子差別撤廃委員会からは,平成15年以降,我が国の民法に夫婦の氏の選択に関する差別的な法規制が含まれているとの懸念が表明され,その廃止を繰り返し要請されていることなどの事情があり,安倍政権も女性が活躍できる社会を標榜している状況を考えたとき,この東京地裁判決は,裁判所が時代の流れを読むことなく旧態依然の価値観しか有していないといった極めて憂慮すべき事態にあることを痛感させるものだといっても過言ではありません。
(田沢 剛/弁護士)
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