トレースした絵をCDジャケットに利用したことの法的問題
JIJICO / 2018年3月4日 7時30分
トレースした絵をCDジャケットに利用したことの法的問題
あるアーティストの新作CDのジャケットに使われたイラストについて藤子・F・不二雄さんの「エスパー魔美」の1コマからトレースした疑惑が生じたというニュースがありました。結局、そのCDのジャケットは差し替えになったそうです。
そこで、トレースした場合の問題点、トレースではなく絵柄に似せた画風でイラストを描いた場合の問題点について解説します。
トレースした場合「複製権」「本案件」「同一性保持権」の問題が生じる可能性がある
トレースの分かりやすい方法としては、原画に薄紙を載せて敷き写すことです。今では手描きより、スキャンしてパソコンでコピーしたり修正したりする場合が多そうです。
「著作物」である原画をトレースして別の作品を創ることは、原画の著作権者の「複製権」や「翻案権」を侵害し、また、原画の著作者人格権の「同一性保持権」を侵害する可能性があります。
著作権は、著作物に関する色々な権利の総称です。その権利には、著作物をコピーする権利(複製権)や著作物を翻訳・編曲・変形したり、脚色や映画化したり等する権利(翻案権)があります。著作物を利用する場合にこれらの権利を侵害するのであれば、原則として著作権者の許諾を得る必要があります。
トレースして一部を改変した場合は著作権侵害行為になりえる
今回の件では、「エスパー魔美」の中の1コマに描かれたキャラクターの顔をトレースして涙の形や髪型を替えたものをCDジャケットに使用したのではという指摘がなされています。トレースしたのではなくたまたま顔や目の線が一致したというのであれば、そのイラストを描いた人にはある種の超能力があるのかもしれません。
トレースしたのであれば、著作物である漫画の絵をコピーした点での複製権侵害やその絵を変更等したという点で翻案権侵害が問題となりそうです。
なお、「エスパー魔美」の現在の著作権者がこの件で権利侵害を主張しているという報道には接していませんので、著作権者の考えは不明です。
著作権侵害であれば、著作権侵害の行為つまり問題のイラストの描かれたジャケットを使用することの差止請求や、著作物の使用料相当額等の損害賠償請求をすることができます。
許諾を得ずにトレースしたイラストを活用することは法的なリスクが高い
著作権とは別に、著作物を創作した「著作者」には「著作者人格権」が認められています。
「著作者人格権」には著作物や題号を改変されない権利として「同一性保持権」が認められています。著作者人格権は、著作権と違い譲渡や相続が認められないので、著作者が死亡した場合は消滅すると考えられています。しかし、著作者人格権が消滅したとしても、著作者人格権を侵害する行為は原則として禁止されています。
今回のジャケットの件は、著作者の意に反する変更として同一性保持権の侵害にもあたり得ます。
著作権者や著作者(そのご遺族)の許諾を得ずに本件のイラストをジャケットに使用したCDを販売しようとしたのは、法的に相当のリスクのあった行為といえるでしょう。
有名漫画家の画風にそっくりな「オリジナルの」イラストを描くことに法的な問題はない
「翻案」は、「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為」とされています(最高裁平成13年6月28日判決・江差追分事件)。
つまり、「翻案」とされるかどうかは、元の「表現」があって、その元の表現を感じることができる創作行為かどうかということです。
有名漫画家の画風にそっくりでも、元になる「表現」がなければ「翻案」とはいえません。その漫画家が描いていないキャラクター等をその漫画家の画風で描いても、元の表現がそもそも存在しないのだから、複製にも翻案にもならないということです。
著作権侵害にならないように有名漫画家の画風をマネた面白い作品を創作するのは、一つの名人芸だと思います。
有名漫画家の絵に似た作品は不正競争防止法違反になるのではないかという疑問もあるようです。
しかし、有名漫画家の名を騙るわけでもなく単に画風をマネたという場合は他人の「商品等表示」を使用した「不正競争」ということにはならず、不正競争防止法違反ということにはならないでしょう。
リスク管理として関係者・専門家の法的チェックも必要
今回のCDジャケットの件では、レコード会社側にはジャケットの差し替え等の損害が生じた他、せっかくの新作CDの発売にケチが付いた印象です。そのアーティストの名声に傷が付いたというわけではないでしょうが、音楽ではなくトラブルで話題になるのはアーティストやレコード会社の本意ではなかったと思います。
ただ、このジャケットの企画した担当者や決済した立場の人が、まさか藤子・F・不二雄さんの作品を見たことがないわけはないでしょうから、著作権等の権利処理の問題を思いつかなかったのか疑問に感じます。音楽著作物を扱う業界の人としては甘かったように思います。
CDの企画のプロセスのどこかで法的観点からのチェックを入れておけば、CDが世に出る前に問題に気付いた可能性が少なくないと思います。
音楽業界に限ったことではないでしょうが、企業の活動のどこかの過程において社内あるいは社外の弁護士に法的チェックを依頼するのがリスク管理として必要です。
(林 朋寛/弁護士)
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