ゴーン氏 犯罪人引渡し条約の締結がない国に逃亡 今後の行方は
JIJICO / 2020年1月10日 7時0分
ゴーン氏 犯罪人引渡し条約の締結がない国に逃亡 今後の行方は
年の瀬に世界をかけめぐった、日産自動車前会長、カルロス・ゴーン氏が国外逃亡したというニュース。1月8日に、逃亡先であるレバノンで会見を行いました。ゴーン氏は、金融商品取引法違反、会社法違反の罪で起訴され、昨年4月に保釈されていました。
裁判所から、保釈中の海外渡航を禁止されており、パスポートは弁護人が保管していたにもかかわらず、裁判所の許可を得ず、不法に出国。前代未聞の事態として、世界中が注目しています。また、出国先であるレバノンは、日本と犯罪人引渡し条約を結んでおらず、日本の司法権が及ばないことから、身柄の引き渡しは困難を極めます。今年の4月に予定されていた初公判を含め、今後どうなるのでしょうか。弁護士の半田望さんに聞きました。
レバノンが自国民であるゴーン氏の身柄を他国に引き渡す可能性はほぼなく、日本で裁判を行うことができない見込みが極めて高い
Q:そもそもゴーン氏が起訴された容疑とは。 -------- 2018年から2019年にかけ、ゴーン氏は、4回逮捕され、4件すべてについて、起訴されています。①2018年11月、2010年~2014年分の有価証券報告書の虚偽記載(金融商品取引法違反)で逮捕。②同年12月、2015年~2017年分の同容疑で再逮捕。東京地裁が、勾留延長の請求を却下。③同年12月、日産自動車の資金を不正に支出させた特別背任容疑で逮捕。2019年3月に保釈。④同年4月に特別背任容疑で再逮捕、同月に保釈。
しかし、これだけの逮捕が繰り返された点に対しては、疑問を持たざるを得ません。特に①②で、虚偽記載の期間を分けて逮捕する必要性は感じられません。また、③の特別背任容疑で逮捕され、保釈された1か月後に、再逮捕をするということにも違和感があります。通常、再逮捕の見通しがあれば、直前の保釈は認められないケースが多いと思います。
Q:ゴーン氏は、今年4月に公判を控え、保釈中の身でした。保釈の条件を含め、被告が置かれていた状況はどのようなものだったのでしょうか。 -------- 弁護人の一人である、高野隆さんのブログ記事によると、保釈保証金15億円のほか、以下のような保釈条件が挙げられています(主なものを大まかに抜粋)。 ・住居は東京都の住宅に制限され、玄関には、監視カメラを設置。録画内容を定期的に裁判所に提出する ・インターネットへの接続ができない携帯電話1台使用可。通話履歴を定期的に裁判所に提出 ・海外渡航は禁止、所持するすべての旅券を弁護人が保管。※出入国管理法により、在留カードが交付されていない外国人には、パスポートの携帯義務があり、当初の条件から変更し、鍵付きケースに入ったパスポート1冊の携帯は認められていたとの報道も。 ・妻も含む事件関係者との接触を禁止
保釈金については、ゴーン氏の資力を考えると妥当な額と言えますが、そのほかの保釈条件はどれも異例で、実質、〝軟禁状態〟に近いと言えます。通常の保釈条件では、住所制限のみの場合が多く、外国人の場合はパスポートを預かるケースもありますが、裁判所の許可を得ることができれば、旅行も可能です。また、事件関係者との接触については、被害者や共犯者との接触を禁止することは一般的だとしても、事件への関与が必ずしも明らかでない家族との接触禁止をつけることも異例です。ゴーン氏本人も、家族との接触まで禁じられた点を、大きな問題としてとらえているのではないでしょうか。
Q:報道によると、ゴーン被告は、海外渡航に際して、複数の国籍を活用したそうです。日本では二重国籍も禁止されていますが、国際的には複数の国籍を持つことは一般的なのでしょうか。 -------- ゴーン氏は、レバノン、フランス、ブラジルの三重国籍を有しています。日本のように、単一国籍を原則とする国はどちらかと言えば少数で、欧米を中心に、二重国籍を容認する国が多いです。海を渡らなければ他国と行き来できない島国と、陸続きで地理的な国境がない、ヨーロッパのような地域では、そもそも「国籍」という概念が文化的に異なるため、どちらがいい・悪いという問題ではありません。
出生時の国籍取得は二通りで、親と同じ国籍を取得する「血統主義」と、生まれた場所の国籍を取得する「出生地主義」があります。日本の国籍法は「血統主義」で、二重国籍を禁止しています。両親が異なる国籍の場合も、22歳までにどちらか一方を選択することなどが定められています。
Q:今回、ゴーン被告が逃亡したレバノンは、犯罪人引渡し条約を締結していない国です。犯罪人引渡し条約とはどのようなものですか。 -------- 犯罪人引渡し条約とは、日本で犯罪を行った人が、国外に逃亡し、他国で逮捕された場合や、逆に、他国での犯罪者が日本に逃亡した場合に、逃亡者の身柄を引き渡す手続きを定めるものです。日本がこの条約を締結しているのは、アメリカと韓国の2カ国のみであり、それ以外の国との間では犯罪者の引き渡しについて相互に義務がない状態です。
なお,「逃亡犯罪人引渡し法」というものもありますが、これは他国から犯罪者(逃亡犯罪人)の引渡しの請求を受けた際の国内での手続きなどを規定する法律です。また、同法では政治犯や犯人が日本国籍を有するなど、引渡しをしない場合も定めています。
条約締結国以外の国では、身柄引渡しの可否が各国の判断に委ねられるため、本件でもレバノン政府にはゴーン氏の身柄を日本に引き渡す義務はありません。一般的に、自国民の身柄を他国に引き渡すケースは少なく、外交ルートを使ったとしても、〝お願い〟の域を超えません。そのため、ゴーン氏の身柄が日本に引き渡される可能性はほとんどないと言えるでしょう。
Q:今後、日本の司法ができることはありますか。また、4月に予定されていた初公判を含め、今後の行方は。 -------- 国外逃亡を受けて、昨年12月31日に、保釈の取り消しと、保釈保証金15億円の没取が東京地方裁判所により決定されています。ただ、ゴーン氏が日本に帰国しなければ、公判は開かれません。本人が生きている限り、身柄が日本に戻れば裁判を行うことは可能ですが、今後日本の裁判手続きが行われる可能性はないに等しいでしょう。
ゴーン氏の逃亡は、もちろんルール違反で許されることではありません。ただ、このような逃亡を実行できるのは、世界中でもごく一部の人だけです。保釈金の15億円を投げ打ち、プライベートジェットなど、逃亡のために巨額の費用をかけ,また多数の人を動かすことができたのは、ゴーン氏だったからと言えます。今回の逃亡をきっかけに、これ以降のあらゆるケースで保釈の条件が厳しくなったり、保釈の決定が出されにくくなったりする事態は避けるべきです。
また、ゴーン氏は、レバノンで行った会見で、逃亡の理由として、「日本の司法は公平でない」「非人道的な〝人質司法〟」といった内容で、日本の刑事司法を批判しました。具体的には、長期にわたる身体拘束と連日の取り調べや、家族とも会えないという保釈条件の厳しさ、取り調べに弁護士の立ち合いがないことなどがあると思われます。確かに、事件の真相や動機を追及するあまり、自白獲得を重視しがちな日本の司法制度は、国際的に見て問題があるとされる点もあります。問題点が浮き彫りになっている今こそ、国内でも今後の刑事司法の在り方について議論する必要があるのではないでしょうか。
(半田 望/弁護士)
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