パワハラ防止法の施行により企業に対策を義務付け。職場環境の改善には何が必要?
JIJICO / 2020年6月23日 7時30分
パワハラ防止法の施行により企業に対策を義務付け。職場環境の改善には何が必要?
企業にパワーハラスメントの防止措置を義務付ける「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」が施行されました。職場でのセクハラや、妊娠・出産・育児休業を巡る「マタニティーハラスメント」防止に関する対策も強化され、何がパワハラに当たるのかを具体的に示した内容となっています。
「企業や労働者の責務の明確化」「被害相談をした従業員の解雇といった不利益な扱いの禁止」など、「雇用管理上必要な措置を講じること」が盛り込まれています。パワハラは、「業務指導とハラスメントの境界があいまい」「罰則がなく万一訴えたとしても被害の立証が難しい」などのほか、「企業がバッシングを受けて業務に支障をきたす」など、企業と労働者双方にリスクが生じる大きな問題として、対策が急がれていました。
今回のパワハラ防止法の施行を機に、企業や労働者一人一人がハラスメントをどのように理解しコントロールするべきか、アンガーマネジメントコンサルタントの町田仁美さんに聞きました。
「怒りの感情」をコントロールすることがパワハラを防止する手立てに。継続的なアンガーマネジメントのトレーニングで職場の心理的安全を
Q:これまでも、各企業ではパワハラについてさまざまな対策を講じてきたようですが、規制強化にはどのような背景がありますか? -------- 「職場のパワーハラスメントに関する実態調査(2016年 厚生労働省)」によると、過去3年以内にパワハラを受けたことがあると回答した人は32.5%。従業員から相談の多いテーマのうち、パワハラが最多の32.4%を占めています。また、各都道府県の労働局に寄せられる、職場でのいじめや嫌がらせに関する相談件数も、2018年度には8万件を超えています。人材不足から、女性の社会進出、短時間労働、外国人労働者など、多様な人や働き方が取り入れられて、同じ価値観で組織維持ができていた以前とは、職場の環境が大きく変化しています。
その中で、変化を受け入れ難い人との間で、さまざまな問題が生じていることなどが、「パワーハラスメント」として大きな注目を集めるようになりました。パワハラは職場の生産効率にも影響するうえ、中には裁判にもなるなど喫緊の課題とされてきました。
Q:これまで業務上の指導とパワハラの境界があいまいで、パワハラを認定することが困難でしたが、今回、法制化されたパワハラの定義とはどのようなものですか? -------- パワハラは、職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、 ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、 ③ 労働者の就業環境を害すること
と、上記①~③の要素を全て満たすものをいいます。 ※客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、該当しません。
代表的なパワハラ行為(パワハラの6類型)は以下となります。
① 身体的な攻撃(暴行や傷害) ② 精神的な攻撃(脅迫や名誉毀損、侮辱、人格否定) ③ 人間関係からの切り離し(隔離や無視、仲間外れ) ④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 ⑤ 過少な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の仕事を命じる事や仕事を与えないこと) ⑥ 個の侵害(私的なことへ過度に立ち入ること)
パワハラの定義として明記されている「優越的な関係」とは、必ずしも職務上の管理職や上司を指すものではありません。同僚や部下であっても、例えば「ベテランの実務担当者から着任したばかりの管理職へ」「パソコンスキルにたけた人から苦手な同僚へ」など、同様の行為をしたケースではパワハラに当たる場合があります。
Q:企業が講じるべき措置義務とは、具体的にどのようなものですか? --------
① パワハラの内容やパワハラをしてはいけない旨の方針の明確化と、周知・啓発 ② 行為者への厳正な対処方針・対処の内容を就業規則等に規定、周知・啓発 ③ 相談窓口の設置と周知 ④ 相談窓口担当者が適切に対応できるようにすること ⑤ 事実関係の迅速かつ、正確な確認 ⑥ 行為者に対する適正な措置 ⑦ 被害者に対する適正な配慮措置 ⑧ 再発防止に向けた措置の実施 ⑨ 相談者、行為者等のプライバシーを保護するための措置の実施と周知 ⑩ 相談したこと等を理由に解雇などの不利益な取り扱いを行ってはならない旨の定めと周知・啓発
こうした基準は、以前から労働問題を取り扱う上では定義されていたことで、改めて内容を整理・分解し、明文化されたに過ぎません。パワハラを「禁止する」法律ではなく、あくまで「防止するための措置を義務付け」たもので、義務違反をした場合の罰則はありません。
ただ、組織の中でパワハラを行う人のほとんどは、自分の行為をハラスメントとは自覚していません。「その行為はパワハラに当たる」と具体的に示すことで、こうした人に自覚を促す機会を設けた、とも考えることができるでしょう。
Q:職場で問題になるようなハラスメント行為をする人の傾向は?根本的にパワハラを抑止するには何が必要ですか? -------- 前述のように、日常的にパワハラ行為を行っている人の中には、その自覚がないことが多いと思われます。パワーハラスメントが生まれる原因として ・パワーハラスメントについて無知であること ・人権意識の低さ ・感情のコントロールができない
などが挙げられます。
働く人全員がパワーハラスメントについて正しい知識と人権意識(人を尊重すること)を持ち、感情のコントロールができることで、パワーハラスメントの予防ができると考えます。今は職場に多様な世代や属性、働き方、考え方を持つ人が居る状況です。これまで以上に、自分とは価値観の違う人と仕事をすることが増えています。価値観が多様化しているのです。
自分の価値観を押し付けるのではなく、自分の価値観も相手の価値観も大事にした組織としてのルール作りをしていくことが重要です。そのためにも感情的に怒るのではなく、アンガーマネジメントができるようになることが必要です。
Q:怒りの感情をコントロールするためのアンガーマネジメントの考え方はどのようなものですか? -------- 怒りが生まれるメカニズムをライターに例えてみると、ライターの炎は怒りであり、怒りのスイッチ、つまり火花を散らすところには、私たちが持つ「○○するべき」という価値観や欲求や希望があります。自分が持つ「○○するべき」が裏切られたときに火花を散らすのです。
そして、火花にエネルギーが加わると炎(怒り)になります。そのエネルギーはライターの下にあるマイナスの感情やマイナスの状態で、この2つによって炎は燃え上がります。しかし、この2つを意識することで自分の状態を把握することができるようになります。
怒ることや叱ることは相手を叩きのめすことではありません。相手にしてほしいこと、やめてほしいことを伝えるためのリクエストです。自分のどういう「べき」が裏切られて、どうしてほしかったのかが把握できれば、うまく相手に伝えられるようになります。
把握することができれば、自分の「○○するべき」は本当に怒ることなのか、マイナスの感情のまま自分の機嫌で怒っていないだろうか、と気づくことができるようになるでしょう。相手に伝えるときには次の言葉に注意しましょう。
「前から言っているけど」「これ何度目」と過去を持ち出す言葉。 「なんで」「どうして」と相手を責める言葉。 「いつも」「必ず」と言った決めつける言葉。 「ちゃんと」「しっかり」など人によって程度が異なる言葉。
これらは、相手にうまく伝わらず反発を招く可能性があります。相手にしてほしいことを具体的に伝えることが本来の「怒る、叱る」目的です。
Q:誰もが働きやすい職場環境を維持するために必要なこととは? -------- 法整備が進んでも、管理職や労働者が共に意識を変えなければ、職場環境は変わりません。アンガーマネジメントは感情をコントロールするだけではなく、自分の価値観も相手の価値観も大事にし、人を尊重しながら組織としてのルールを作り上げることができる、素晴らしいスキルだと思います。
組織の中で、誰もがこうした怒りのメカニズムやコントロールの方法を身につけることで、組織は心理的に安心で安全な場所となります。そうなれば業務効率もアップし、生産性の向上も期待できるでしょう。
(町田 仁美/社会保険労務士)
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