「卒婚」は熟年カップルの新しい夫婦の形?離婚や別居とも違うオトナの選択について
JIJICO / 2020年9月20日 7時30分
「卒婚」は熟年カップルの新しい夫婦の形?離婚や別居とも違うオトナの選択について
パートナーのいる人のコロナ破局やコロナ離婚を危ぶむ声が早くから聞かれていましたが、実際の離婚件数は、厚生労働省の統計速報(2020年6月時点)では、5月までの減少傾向からやや増加しているものの、前年度よりまだ低い推移を示しています。ところが離婚相談の件数は増加傾向にあり、夫婦関係を見直す人が増えていることは事実のようです。
離婚はせずに、お互いに干渉しない生活を送る「卒婚」。映画「終わった人」(2018年、東映)で、主演の舘ひろしさんが定年後、妻に「卒婚」を切り出される展開が当時話題になりました。また「夫源病」を命名したことでも知られる、大阪大学人間科学研究科の招へい教授で医師の石蔵文信さんは、講演の中で「50代妻の7割は夫への愛情がなくなっている」という統計について触れ、「夫といつか卒婚したい」と考える女性は6割に上ると話しています。
年齢に関わらず、恋愛時代のようにお互いに依存し過ぎることのない、良好な関係を築きたいと思う人にとって、結婚の新たなスタイルとなるのでしょうか。心理カウンセラーの椎名あつ子さんに聞きました。
結婚生活を〝卒業〟することではなく、これまでの過程を認め合い、長年の二人の慣習や思い込みをリセットすること。夫の心理的自立のためには、日々のあいさつから始まる共同作業のプロセスが必要
Q:統計などで見る限り、近年の離婚件数は増えているわけではないようです。先行きが不透明なために踏みとどまる人が増えている一方、夫婦関係についての相談が増えているということですが、その内容はどのようなものでしょうか? -------- 多くの場合は妻の方がこれまでの生活に不満を持っていて、「離婚したい」あるいは「このままでは夫婦生活が破綻してしまう」という内容の相談が多いです。子育てが落ち着き、結婚生活に違和感を抱えている30~40代のほか、近年は定年前後の世代が「離婚したいが、経済的なことやそのほかの理由から、修復できるものならしたい」と、夫婦で訪れるケースが増えています。
この世代の女性は、若い頃は多少の社会人経験があっても、まだ結婚退社が一般的で、結婚後も扶養の範囲でしか働いてこなかったという人が多い一方、男性は、ほぼ会社一筋で、家庭をあまり顧みることなく勤め上げたという人がほとんど。
そんな夫がリタイア後、これまで家族のためにと懸命に働いてきたことが、評価されるどころか、任せきりだった子育てや家事について不満をぶつけられ、大多数の人が「感謝されるならまだしも、まさか離婚を言い出されるとは思いもよらなかった」と、大きな衝撃を受けて戸惑っているようです。
夫が現役時代は、妻も友人とのランチやSNSで夫の愚痴を言うなどして、うまくガス抜きができていました。定年を迎えて収入が減り、更年期の体調不良、子どもの独立などで生きがいを喪失、さらには親の介護などと幾重にも不安が重なり、不満のやり場を無くして、孤独感を募らせてしまうのです。
「私の人生は一体何だったのだろう」と考え始めるのも、このタイミングが多いようです。
Q:離婚や別居とも異なる「卒婚」とは、どのようなものですか? -------- 離婚はせずに、お互いの生き方を尊重しながら、自立した一人の人間として人生を楽しんで生きていく夫婦の形を「卒婚」と呼ぶようですが、まだ十分に理解が進んでいるとは言えません。
多くの場合、妻の「これまでさんざん家事をしてきたのだから、これからは自分のことは自分で」「夫の世話だけでなく、自由に自分の時間とお金を使いたい」という姿勢をイメージするのではないでしょうか。
芸能人では、加山雄三夫妻が2014年に「1年の半分はアメリカにいる」という妻との別居が「卒婚」だと当時話題になりました。先日、体調を崩した加山さんのために帰国し駆け付けたという報道が本当なら、まさに理想的な卒婚の形だったと言えるのかもしれません。
またモノマネタレントの清水アキラさんは、2013年に卒婚したことを公表し、自身は長野に移住、妻は東京で暮らしていましたが、2015年から再び都内で同居しているようです。田舎暮らしの寂しさと難しさに直面し、妻の有り難さと愛情を再認識したということですから、同居に戻ったとしても、建設的な卒婚だったと言えるのではないでしょうか。
これらは、住む場所を別にして、お互いが自由な生活を送ることができるだけの経済力があったからできたことで、一般の人には容易ではありません。
Q:現実には、「卒婚」で夫婦が共に納得する関係を維持することは難しいのでは? -------- 芸能人のケースは特別としても、妻が経済的に自立していなければ、別居を伴う卒婚は難しいでしょう。もし経済的な心配がなければ、不満がたまり始めた早い段階に、別居や離婚へ向かってしまっていたかもしれません。
たとえ経済的な問題から卒婚を躊躇しているにせよ、「できれば関係を良いものにしたい」という思いがあるのなら、これまであえて言葉にせずため込んできた、夫婦間の問題を明らかにする「絶好の機会」と捉えてみてはどうでしょうか。
夫は長年家族を養ってきたという自負がありますから、多くの場合権威的、独断的だったかもしれません。妻から、自分に依存しないよう要求されても、急に身の回りのことや細かい家事などできるはずもありません。いきなり仕事関係以外のコミュニティーや趣味を持つことも無理があります。
妻が夫の自立を願うなら、突き放すのではなく、むしろある程度の共同作業を経ることも覚悟しなければなりません。
そもそも十分な対話がなかったことが、関係を難しくしてきたのですから、もう一度、それまでの夫婦生活をおさらいするつもりで振り返り、認め合うプロセスが必要なのです。
Q:お互いに依存することなく、ストレスがない夫婦関係の再構築のために、具体的にどのような意識改革の方法がありますか? -------- 夫婦生活を振り返り認め合うプロセスで、夫が妻の不満を知って反省したとしても、「何をいまさら」と、かえって妻の反感を呼ぶでしょう。何年にもわたってお互いにすれ違った思いは、そうそうたやすく解消されるものではありません。
「どちらが正しい」というものではないので、心理カウンセラーのような第三者が、客観的にそれぞれの思いを引き出すという作業が必要な場合もあります。
「夫の顔も見たくない」「存在がストレス」と言う妻の気持ちは、体調に表れるほど深刻な場合もあります。地方にある親の家など、複数の住居がある場合は、これを利用して短期間別々に住んでみることもできるでしょう。また定年前後には、親の介護などで、図らずも週末別居となることもあります。
一時的な別居が無理なときには、家庭内別居を試してみるのも有効かもしれません。食事のタイミングをずらすだけでも、心の負担が違います。
そこまで深刻でなければ、まずは「日々のあいさつ」から始めることをおすすめします。長年の慣れ合いで、コミュニケーションが少なくなった状況から、「おはよう」「いただきます」「ありがとう」を改めて習慣づけることで、対話の糸口としてみましょう。
Q:仕方なく離婚を選ばないのではなく、「卒婚」をお互いを尊重する前向きな関係にするためには、何が必要ですか? -------- 「卒婚」と言うと、まるでそれまでの結婚生活を終了し、卒業してしまうような言葉の響きにも聞こえてしまいます。ですから、むしろここまでの過程をいったん認め合い、長年の二人の慣習や思い込みをリセットすることを、そう呼びたいものです。
夫婦の形も長い間に変わってきたはずです。子どもが独立して、健全にそれぞれの人生を歩いているなら、実際に手をかけて面倒をみたのは誰かということではなく、夫婦二人による成果であることに違いはありません。この事実はしっかりと認めましょう。少なくとも同士として過ごしてきた時間を共有できるはずです。
「顔も見たくない」と思っていた不愛想な夫が、孫ができたら朗らかな好々爺の一面を見せることもあります。夫婦の間では不満だらけでも、取り巻く環境が変わっていくことを実感していくと、意外に柔軟に対応できるものです。
それぞれが一人の人として自分らしく生きるために、少し立ち止まってパートナーとの関係を見直すことからはじめてみましょう。
(椎名 あつ子/心理カウンセラー)
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