待遇格差訴訟、最高裁は日本郵便の手当不支給に「不合理」の判決。非正規の待遇はどうなる?
JIJICO / 2020年10月28日 9時0分
待遇格差訴訟、最高裁は日本郵便の手当不支給に「不合理」の判決。非正規の待遇はどうなる?
契約社員やパート、アルバイト、派遣社員など、雇用期間が定められた「非正規雇用」で働く人は、2019年の平均が2165万人と、全雇用者の約4割を占めます(総務省「労働力調査」による)。バブル崩壊以降、人件費を抑制するため、企業が非正規への転換を進め、今も増加傾向にあります。
働き方改革の一環である「同一労働同一賃金」の制度が4月から始まる中、非正規雇用者が、「正社員との待遇格差」を争う訴訟が5件相次ぎ、10月13日・15日に最高裁の判決が出されました。大阪医科薬科大学に対して賞与、東京メトロ子会社・メトロコマースに対して退職金を求めた訴訟では、「格差は不合理ではない」、日本郵便に対して扶養手当など各種手当を求めた訴訟では「格差は不合理である」と判断が分かれました。今後の非正規の待遇に影響を及ぼすのでしょうか。弁護士の半田望さんに聞きました。
同一職務の正社員と非正規雇用者の待遇格差は、責任の範囲や異動の有無など合理的な理由がなければ違法の可能性が高い。社内規定や労働条件を見直す動きは加速すると考えられる
Q:改めて、5つの訴訟について、最高裁が出した判決をお教えください。 -------- 5つの訴訟について、最高裁の判決は、大まかに次のようになります。
【10月13日の判決】 <1> 大阪医科薬科大学に対して、元アルバイト職員が、賞与不支給の違法性を争った。 →正社員と職務内容が異なることを理由に、格差は「不合理でない」。 <2>メトロコマースに対して、元契約社員が、退職金不支給の違法性を争った。 →正社員と役割などに差があったことを理由に、格差は「不合理でない」。
【10月15日の判決】 いずれも、日本郵便に対して、時給制契約社員が各種手当不支給の違法性を争った。 <3>佐賀:夏季・冬季休暇。 <4>東京:夏季・冬季休暇、年末年始勤務手当、病気休暇。 <5>大阪:夏季・冬季休暇、年末年始勤務手当、扶養手当など。 →いずれも格差は「不合理」。年末年始勤務手当は、最繁忙期の勤務が支給要件であること、夏季・冬季休暇、病気休暇や扶養手当は、契約社員にも継続的な雇用が見込まれていることなどが理由。
5件の争点は、旧労働契約法20条(現在のパート・有期雇用労働法8条)が禁じる「不合理な格差」に当たるかどうかです。 今回、10月13日と15日の判決で「判断が分かれた」という印象を持つ人が多いかもしれませんが、職務内容と手当の趣旨を、企業ごとの実態に照らし、同一線上で判断されています。
「同一労働同一賃金」に関する先例として、2018年6月に出された、ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件があります。これらの判決もふまえながら、より具体的な判断が示されたのが、今回の5件の訴訟です。
Q:「同一労働同一賃金」に関する判決の先例となる、2018年6月のハマキョウレックス事件、長澤運輸事件とはどのようなものですか? -------- ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件ともに、契約社員のトラックドライバーが、職務内容が同一の正社員との待遇格差を争ったものです。長澤運輸事件は、定年後に再雇用された嘱託社員が原告で、事情がより複雑です。今回の訴訟につながる、主な手当の判断は次のようになります。
【ハマキョウレックス事件】 <作業手当、無事故手当、給食手当、通勤手当> →「不合理」(高裁の判断を支持)。 <皆勤手当> →皆勤を奨励する趣旨で支給するため両者に差異はないとして「不合理」。 <住宅手当> →転勤が前提の正社員に対して、契約社員は原則転勤がないことを理由に「不合理でない」。
【長澤運輸事件】 <精勤手当> →休日以外は1日も欠かさず出勤することを奨励する趣旨があり、両者で必要性に相違がないとして「不合理」。 <住宅手当、家族手当> →定年退職後の嘱託社員では、老齢厚生年金の支給が想定されるなどを理由に「不合理でない」。
両事件では、最高裁が、正規雇用者と非正規雇用者の待遇格差を判断する場合は、「両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」と示しました。今回の訴訟でも、それぞれ手当の趣旨をもとに不合理か否かが判断されています。
Q:今回の一連の判決で、注目すべき点はどこでしょうか? -------- 10月13日の最高裁判決では、賞与や退職金の不支給を「不合理でない」とした結論のみに目が向けられがちですが、注目すべきは、最高裁が「一般論として、退職金を非正規雇用者に支給しないことが不合理と判断されることもあり得る」と示した点です。
今回の判決は、大阪医科薬科大学とメトロコマース、それぞれのケースに即した判例であり、最高裁はあらゆるケースで「退職金や賞与を支払う必要がない」と、お墨付きを与えたわけではありません。
また、日本郵便事件においては、各種手当の趣旨をふまえた明確な判断が示され、どのような場合に「不合理」とされるかの基準がよりはっきりしたと言えます。注意すべき点は、同じ名称の手当であっても、あらゆる企業で同じ判断となるわけではなく、実態によっては判断が変わる可能性があることです。
例えば、ハマキョウレックス事件では、住宅手当について「正社員は転勤が前提、非正規は転勤がない」という合理的な差を理由に、非正規雇用者への不支給は違法とはされませんでした。しかし、転勤の有無について、正規と非正規で差違がない場合には不支給が違法となる可能性もあります。 実際に、メトロコマース事件、日本郵便事件では、正社員にも転居を伴う転勤がないとして、住宅手当の差違を「不合理」とした下級審での判断が確定しています。
そのほかにも、日本郵便事件では、年末年始休暇について、郵便配達業務において年末年始が超繁忙期で、雇用形態に関わらず出社が推奨されるという特有の事情が考慮され、不支給が違法とされました。 もし、年末年始には非正規雇用者は出社しないことが前提の企業であれば、不支給が違法とならない可能性もあります。
Q:「非正規が正社員と待遇差があるのは当然ではないか」という意見もあります。政府が進める「同一労働同一賃金」において、待遇差が不合理か否かは、どのように判断されるのでしょうか? -------- 「正社員と非正規で待遇差がないことの方が問題だ」というような意見は、「同一労働同一賃金」に対する誤解から生まれています。
「同一労働同一賃金」とは、単に「同じ仕事をしていれば同じ賃金」というものではなく、 「①職務内容」 「②責任の範囲」 「③配置変更範囲(人事異動の範囲)」 「④その他の事情(正社員登用制度の有無など)」 が同一と判断される場合に、雇用形態の違いだけで、待遇差があることが問題となります。
そのため、正社員と非正規雇用者で、勤務条件に差がある場合は、待遇差が認められる場合もあります。例えば、転勤を含む人事異動など、非正規雇用者とは異なる勤務条件を正社員に課している場合などです。
さらに、待遇差の理由は合理的に説明できるものでなければなりません。今回も、日本郵便事件で問題となった各種手当については、手当の趣旨や支給要件が明確でした。そのため、手当の趣旨に照らして不合理との判断がなされた面があると考えます。
一方、賞与や退職金については、計算などに会社の人事裁量が考慮される面があります。そのため、各種手当のように明確に差違が不合理かどうかを裁判所が判断できない面があり、大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件の判決でも、その点が考慮されたものと考えます。
なお、判決において、「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的がある」ことを考慮したことに対して、「目的を考慮することは『同一労働同一賃金』の趣旨にそぐわない」という批判もあります。手当の支給目的を考慮することについては、今後の議論が待たれます。
Q:今回は、それぞれの企業の実情を考慮した個別の判決ですが、今後の非正規雇用者の待遇に影響を及ぼすでしょうか? -------- 原則として、企業は、正社員と非正規雇用者の待遇差を改善しなければいけません。ただ、具体的にどのような改善をするのかは、企業の実情に応じて個別に決められます。
働き方改革の推進により、社会保険労務士などを中心に改善は進められていましたが、今回の判決を機に、社会全体として、改善の動きはより加速するでしょう。これから、判例の積み重ねにより、より明確な基準が示されることが期待されます。
また、待遇差の不合理性の判断において、パート・有期雇用労働法8条は、旧労働契約法20条よりも具体的なルールを規定しています。そのため、今後はパート・有期雇用労働法8条の解釈で、これまでの判例がどのように扱われるかが注目されます。さらに、パート・有期雇用労働法14条では、非正規雇用者の処遇について、使用者に説明責任が課されていますので、待遇の違いがある場合、不合理でないことを使用者側が説明できる必要も出てきます。
企業側は、各種手当はもちろん、賞与や退職金についても「一般論として不合理な相違となりえる」とした今回の判決を重く受け止め、広く労働条件や賃金制度を見直す必要があるでしょう。その際、弁護士や社労士など専門家の意見も取り入れることが、不測の事態の予防につながります。
労働問題の訴訟は、仮に企業側が勝訴しても大きな負担となり、裁判例になった場合には企業の名が残ることにもなるため、勝敗を問わず労働紛争の発生を事前に防ぐことが何より重要です。
正社員と非正規雇用者との間に待遇差を設ける場合は、職務内容や勤務条件の違いをきちんと明確化し、待遇差を合理的に説明できるように、一つ一つ見直しましょう。
働く側も、「自分の賃金が職務内容や責任に見合ったものなのか」「公平で透明性の高い賃金制度か」をきちんと見極めるようにできるといいですね。
(半田 望/弁護士)
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