ストーカー加害者への治療要請が増加。「やめたいのにやめられない、つきまとい行為」の再犯防止に有効なのは罰則より治療?
JIJICO / 2020年12月24日 9時31分
ストーカー加害者への治療要請が増加。「やめたいのにやめられない、つきまとい行為」の再犯防止に有効なのは罰則より治療?
ストーカー加害者に対し、近年警察が医療機関での治療を働きかけるケースが、2019年は全国で824人と過去最多に。警察庁では2016年から再発防止のため、加害者の同意を得たうえで、精神科医やカウンセラーによる医学的なプログラムを適用した治療へつなげる取り組みを進めています。
ストーカーに関しては厳罰化が進み、取り締まりが強化されているものの、2019年までの過去7年間、毎年2万件を超える相談が警察に寄せられています。
医療機関での治療には、強制力がないことや費用面など、解決するべき問題は多いですが、行為がエスカレートすることや再犯を防止できるとすれば、被害者の恐怖心だけではなく、人生が破綻しかねないほどの欲求に囚われていた加害者をも救済できる有効な方法となるかもしれません。
治療アプローチは再犯防止に本当に有効なのでしょうか。犯罪心理学の専門家である臨床心理士の中村大輔さんに聞きました。
他者を尊重する意識の未成熟さが、繰り返す犯罪行為の要因であることも。「病気だから仕方がない」と誤解されかねない「治療」という認識ではなく、人格の再形成を促す「心理教育」というアプローチが大切
Q:「桶川ストーカー殺人事件」をきっかけに成立した「ストーカー規制法」から20年。ストーカーに限らず性犯罪などの再犯防止対策として、罰則だけではなく「教育」を目的としたカウンセラーの介入は以前からあったのでしょうか? -------- 性犯罪やストーカー加害に限らず、窃盗や傷害などほかの犯罪についても、報道によって事件を知り、その関心の高さから、厳罰を求めるような風潮はみられます。しかし、繰り返し行うような犯罪については、刑罰とは別に、再犯防止対策は重要視されつつあります。
被害者にとっては、不特定多数に対する性犯罪でも、特定の人物に執着するストーカー行為でも、被害感情を持っているという点では変わりがありません。
実際に私が関わっている性犯罪の再犯防止対策は以前からありましたが、まだ発展途上にあるといえます。そもそも人間の考えや行動は長い年月をかけて作り上げてきたもので、表面的な学習のみでは、本質を変えるには至りません。犯罪抑止に向けての教育プログラムとして、専門家が試行錯誤しながらも関わっています。
Q: 警察が再犯防止のためにストーカー加害者へ治療を働きかけるということは、特定の人に執着して行き過ぎた行為をしてしまう心理に、病理がひそんでいるということでしょうか? -------- 罰則以外にも、「何らかの対応が必要である」と判断されているのだと考えられますが、「医療機関への受診」がすなわち「病理がある」ということでもなく、判断してもらいたいということかもしれません。
ストーカー行為に限らず、通常なら踏みとどまるような何かの犯罪行為に及んでしまう人には、そこまでに至る背景があります。個人的なフラストレーションのほか、コンプレックス、孤独感、思い込みなど、日頃から精神的な疲労や飢餓状態にあった人が、あるタイミングで「夫婦関係・恋愛関係が悪化した」「失業した」などの突発的な要因が引き金となって、極端に視野が狭くなり、暴発してしまいます。 誰もが持つマイナス感情やこうした背景と犯罪行為との因果関係は非常に解明しづらく、専門家でも判断し難いところではあります。
性犯罪再発防止のカウンセリング現場では、明らかに精神的な病気が疑われるケース以外は、あくまで「心理教育」や認知行動療法を活用して「再学習」という働きかけをしています。考え方の偏りや罪悪感の欠如のような傾向があったとしても、病気のせいにして本質と向き合わずに原因に蓋をした状態だけでは、まるで責任がないような認識を与えてしまうことにもなりかねません。
Q:ストーカー行為に限らず、逮捕・勾留されるかもしれないとわかっていながら、違法行為をしてしまう心理とは? -------- 窃盗にしてもストーカー行為にしても、冷静になることができれば、その行為自体が法に反することは理解しています。しかし、加害者にとっては「それをしなければ保てなくなるような心理的な動機」が存在しています。「これくらいなら許してもらえる」「欲しいものは無理をしてでも手に入れる」などという信念を持っていると同時に、「自分以外の人の権利を侵害してはいけない」という意識が希薄であることもあります。
こうした他者の人権を軽視する認識の要因として考えられるのは、成長の過程で学ぶ倫理観や、見通しを持った生き方、感情の制御などについて、成育環境の中で、学習する機会が十分に得られず、未成熟なままであったということが考えられます。
たとえば、女性への性犯罪を繰り返す男性の生育過程では、母親の寛容さや依存的な傾向が背景にある場合があります。女性に甘える考えを持ちながらも、対話で解決していくスキルが不足している場合、女性は母親のように許容してくれると一般化させて考えてしまい、行動に移してしまうことが考えられます。
これは契約関係である夫婦関係にも同様のことがいえます。婚姻することで母親のように絶対的に甘えられる関係になったと思い込み、暴言や暴力を起こしてしまうこともあります。
Q:再犯防止のための心理教育とは、具体的にどのようなものでしょうか? -------- 前述のように、他者を尊重する認識を学ぶ機会が不十分であった人には、新たな学びの機会を提供し、バランスのとれた健全な人格を再形成する試みが必要です。
「自分がなぜこのような行動をとるに至ったのか」を加害者自身が考え、その考え方の癖などを探りながら、自らそれを認識できるように進めていきます。悩み事のカウンセリングのように、本人の一方的な話を傾聴するだけのものではありません。課題や宿題を与えることもあります。
本人にとっては、これまでの人生そのものの価値観を再び作り直すような時間ともなり、生きてきた年数が長いほど、そのプロセスは容易ではありません。
Q:警察が治療を働きかけた犯罪加害者のうち、受診を拒否した人が7割強と、まだ十分な理解や実施にはつながっていないようですが、何が問題なのでしょうか?有効性は? -------- 罰則を受けたことによって、「次はしない」と決意し、そうした自分の強い意志があれば十分と考えてしまう人も少なくないと考えられます。逆に罰則という形があることによって、「償いができた」と錯覚してしまいやすいことも考えられますが、どのような罰を受けても被害を受けなかった状態に戻せるわけではなく、償いきれるものではありません。
費用面の負担もあり、家族の協力がなければ、治療も心理教育も進まないというのが現実です。
また、こうした再犯防止の取り組みには強制力がありません。裁判を控えた勾留中、有利な判決のために形だけ従うというケースも予想されるため、自らの問題に本心から向き合おうとする人は、実際には統計上よりさらに少数になってしまうかもしれません。
一方、加害者側だけではなく、犯罪被害に遭った当事者から要望があるケースもあります。加害者がどのような状態になっているのかについて、進捗状況を厳しく問われるというようなこともあります。
犯した罪に対する罰則という単純なものとは違い、人の価値観や人生観そのものを変えようとする試みは、どのような結果が得られれば成功と言えるのかが誰にもわからないだけに、単純にその有効性を示すことはできません。
学校の勉強と同じく、本人の強い意志がなければ進みませんし、時間を掛けたからと言って習熟度が高くなるというものでもありません。教育プログラムに前向きに取り組んだ人が、再犯衝動を完全に封印し、その後の人生を自身や周りの人にとって意義あるものに成しえたかどうかは、実生活の積み重ねで証明していくこととなります。
客観的な指標を用いて再評価も実施しますが、人の心を鍛えなおす試みは、その人が生きている限り、「これで完了」ということはないのです。
(中村 大輔/臨床心理士)
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