実践に参加したイスラム過激派日本人明かす「中東の掟」

WEB女性自身 / 2014年10月17日 8時0分

中東シリアの過激派組織「イスラム国」に戦闘員として加わろうとして、私戦予備・陰謀容疑で事情を聞かれている北海道大学の男子学生(休学中・26)。北大生はイスラム名を「ガウス」と名乗っていた。そして今月、渡航直前に公安部からストップがかかったのだ。
 
北大生が「イスラム国」に渡ったら、どんな生活を送っていたのか。じつは昨年、シリアで別の反政府過激派組織に入り戦闘を経験した日本人がいる。その男・鵜澤佳史氏(26)に話を聞いた。
 
「もともと僕は小6のとき、いじめに遭って引きこもりになった。自殺したいという願望が芽生えたが、このまま死んでいいのかと。そのとき考えたのが、生と死の極限状態の戦場で戦い生きる意味を見いだすということでした」
 
鵜澤氏は中学卒業後、陸上自衛隊少年工科学校に入学。自衛隊には入隊せず、大学に進学し会社を起こす。だが戦士として戦いたいという気持ちが抑えきれず、23歳でシリア行きを決めた。
 
「報道で紛争地域を調べると、情報がいちばん多いのがシリアだった。政府と反政府組織という構図もわかりやすいし、外国人部隊も受け入れている」
 
トルコの国境からシリアに入国、反政府組織「自由シリア軍」のメンバーに「いっしょに戦いたい」と申し出た。
 
「『仏教徒がいきなり戦うのは難しい。イスラム教初心者に合う別のイスラム原理主義の組織に入れ』と言われ、ある反政府過激派組織を紹介された」
 
その過激派組織で、鵜澤氏はまずイスラム教に改宗し、教典である『コーラン』を教え込まれた。2週間で戦闘部隊に配属されたという。
 
鵜澤氏ら戦闘員は、地元の富豪の家で集団生活を送る。衣類は難民支援センターでもらい、食事は支給された。1カ月に日本円で6千円ほどの生活補助費も支給された。次に命じられたのはシリア北部の都市・アレッポにある中央刑務所の襲撃作戦。目的は収容されている政治犯の解放だったという。
 
「刑務所の壁を自爆部隊が爆破し、穴を開ける。そこに突撃するというものでした。夜中に襲撃して一気にかたをつけるつもりが、夜明けになり逆に襲撃を食らい銃撃戦になった。わずか3秒間でも顔を出すと撃たれる。隠れながら横を見ると、政府軍の装甲車が見えた。『あ、光った。嘘でしょ』と思ったら、目の前で爆発し吹き飛ばされた。激しい耳鳴りがし、目の前は白いもやがかかっていて、自分の足が燃えている。これが死ぬ風景だと思ったら、もういいやと思いました」
 
だが吹き飛んだと思った右足を触ると、まだ足はそのまま残っていた。
 
「そのときなぜか、もっと生きようと思った。『俺の足、まだあるじゃん』って。10人ほどいた仲間はすでに3〜4人死んで、4人は負傷していた」
 
朝8時に撃たれたが、夜まで隠れつづけた。助けられたときは瀕死の状態。体内には砲弾の破片が入っていた。目に入った破片を摘出するため、医療技術の優れた日本に帰ることになった。
 
「戦いのなかで死にたいと思ったけど、仲間が命がけで自分を助けてくれた。帰国するときは1千ドルも持たしてくれました。彼らには感謝したいです。日本では両親が治療の面倒も見てくれ、恩返しをしたいと思うようになった」
 
かつての鵜澤氏と同様「自殺」を口にする北大生。彼にも日本でなすべきことがあるはずだ。
 
(週刊FLASH10月 28日号)

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