がん名医が末期がんで逝去…家族に残していた“最期の手紙”

WEB女性自身 / 2013年6月2日 7時0分

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「30年間ありがとう。本当によく頑張ったね。医師として立派な最期でした。これからは娘と私を見守ってください」兵庫県神戸市の新須磨リハビリテーション病院の神代尚芳院長(享年67)の葬儀でこう手紙を読んだのは、妻の実津子さん(58)。がんの名医として末期がん患者200名を看取って来た神代さんが亡くなったのは、5月17日のことだった。
 
「末期がん患者を看取り続けた医師が末期がんとなり、医師としての最期を迎えようとしている」そんな話を聞いた記者は、女性自身3月26日号で神代さんを取材していた。「余命は1年もないでしょう」と自らを診断した彼は、医師としての最期を実りあるものにしようとしていた。20年に渡り提唱してきた“治療を最小限にとどめ自分らしい最期を迎える”『完成期医療福祉』という考え方を、身をもって実践しようとしていたのだ。
 
「『死ぬことはこの世から消えてしまうこと』だと考えると耐えられないほど恐ろしい。でも『死は人生を完成させるもの』と思えば、怖くなくなる。そのためには管理された病院で死ぬのではなく、自宅などの自由でいられる場所で最期を過ごす必要がある」と語っていた神代さん。あれから2カ月、神代さんの最期はどのようなものだったのだろうか――。
 
神代さんの体にがんが見つかったのは、昨年5月。大細胞型という進行性の肺がんだった。親友の医師が7月に手術したが、今年2月、脳に転移していることが分かり開頭手術。3月16日に退院してからは自宅で療養生活を送っていた。それは、ほとんど家に帰らず医師の道にまい進し続けた神代さんにとって、初めての家族団らんのひとときだった。
 
そんななか、実津子さんが神代さんから言い渡されたのが「①抗がん剤は使わない②薬も胃腸薬程度③治療も検査もしない④倒れても救急車は呼ばない」というものだ。だが5月に入ると容態は急変し、幻覚症状による発作を起こすように。「突然ベッドから起き上がったかと思えば、病院にいると勘違いしているみたいで『家に帰るから靴下とズボンを持って来てくれ』と言い出すんです。急にモルヒネの講演をし始めたこともありました。『あんなしっかりした主人がこんな風になるなんて……』と可哀想になりました」
 
症状は悪化し、異常行動も増えていった。そのことが、これまで二人三脚で介護に当たってきた実津子さんとひとり娘・妙花さん(27)の関係に微妙なズレを生じさせてしまう。「異常な行動が続くと、どうしても私の言い方がきつくなってしまうことがあったみたいで……。すると娘が『ママの接し方がきつい』と怒るんです。『いつもはそうじゃない。たまたま今だけよ』と言っても娘はそのときしか見ていませんから。私も娘も不安だったんだと思います。娘は『もうどうしたらいいのよ!』と泣きだすこともありました」
 

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